教訓、二十三。毒薬変じて薬となる、とは限らない。 3
2025/08/07 改
とりあえず、ベリー医師が大急ぎで作った出来立ての薬を盆に乗せて歩いていると、親衛隊員達に出くわした。
「先生、隊長を見ませんでしたか?おかしいことに、どこにもいないんです。」
しまったと思う。
「もうじき、朝食の時間なんですが。呼びに行っても部屋にもいないし。便所にもどこにもいないので。見回りに行ったと思い、裏とか馬小屋も探したんですが…。」
「見てないよ。ところで、副隊長殿のベイル君はいるかな?」
平然として答えると、隊員達は何も不審に思わず、ベイルを呼んできた。ベイルだけを廊下に呼び出し、さらに向こう側に回り込む。
「君にだけ言うけど、ヴァドサ隊長に毒を盛られた。今、治療中だ。」
ベイルの顔が強ばった。
「隊長が毒を…!?」
ベリー医師の手元の薬を見つめている。
「しーっ。静かに。」
動揺して思わず大きな声を出したベイルを、慌てて静かにさせる。
「それで、どんな容態なんですか?」
「今、薬を持っていく所だ。それより、彼の…ヴァドサ隊長が食べるはずだった朝食を持ってきて貰いたい。誰かが食べてもいいけど、その場合は死ぬ覚悟で、どんな症状になるか確認することになるけど。」
持って回った言い方に、ベイルは分かったようで難しい顔になる。
「…つまり、隊長が食べるはずだった朝食を、誰かが少しだけ食べて毒味をしてみろということですか?」
「強制はしないけど、そうしてくれた方がありがたい、ということだ。その方が早く分かると思う。」
ベイルは深刻な表情で考え込んだ。
「…先生でも、毒の種類が分からないということですか?」
「そういうことだ。吐瀉物は綺麗に流してしまったらしいし。」
ベイルはため息をついた。
「食事は全部食べた方がいいんですか? それとも、少しだけでもいいんですか?」
「全部食べず少しでいい。全部食べたら死ぬかもしれない。間に合わなかったら困るから。二、三口でいい。」
ベリー医師の言葉にベイルは考え込んだ。
「分かりました。」
「くれぐれも、君が食べないように。必ず仕事に差し支えない人選をしてくれ。」
ベリー医師の注意にベイルは頷いた。
「それで、隊長の具合はどうなんですか?」
ベリー医師が答えなかったので、ベイルはまた聞いてきた。
「……まあ、大丈夫だよ。」
ベリー医師が言葉を濁していると、ヌイが迎えにやってきた。
「先生。」
「分かった、行くよ。」
ベリー医師は急いでベイルから離れたが、ヌイが来た時点でシークがどこにいるか分かってしまっただろう。
「どんな状況?」
ベリー医師は歩きながら、ヌイに尋ねる。
「眠いと言っていますが…眠ったら良くないでしょう?」
「うん。危ないな。まずは薬を飲んで貰わないと。」
ベリー医師は小部屋に戻ると、急いでシークの様子を確認した。真っ青な顔色で震えている。手を握ると氷のように冷たくなっている。
「この薬を飲んでください。眠気が覚めますよ。」
シークをサグに起こして貰い、薬を飲ませた。猛烈な苦さで顔をしかめているが、ちゃんと全部飲み干した。飲み終わった後に咳き込む。傷ついた胃を癒やす薬草や解毒を助ける薬草が入っている。
何の毒か分からないので、もっと使う薬草を増やせないのが難点だが、最初の処置が間違っておらず早かったので、今、生きているのだろう。ドクダミの生葉を食べて良かったのかは分からないが。
「…先生。」
ベリー医師が考え込んでいると、シークが申し訳なさそうに言い出した。
「どうしましたか? 具合が悪くなってきましたか?」
「…そうではなくて…。腹が減ったんですけど…。」
「!」
ベリー医師は自分の盲点に気が付いて、その後、おかしくなって思わず吹き出した。
「あははは。そうか、そういうことか。」
朝から何も食べずに、空きっ腹に毒を飲んでしまい、異変にすぐに気が付いたから、吐いて水を飲む処置をした。力がなくなってしまうまで、それを繰り返したので疲れ果て、また、力を使わないように眠くなり、体温も毒の影響だけでなく、何も食べていないから下がっているのだ。
「分かりました。ただ、胃が傷ついているから、汁物からですよ。」
ベリー医師は、ほんの少しだけほっとしてヌイに汁物とお粥を持ってきてくれるように頼んだ。




