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王と王太子 7

2025/08/06 改

「……人徳か。まだ、理想が高いな。」


 父は苦笑いした様子だった。あまりの緊張で息をすることすら忘れていて、ようやく息をした。


「タルナス。私も昔は王には人徳が必要で、私にはそれが欠けていると思っていた。だからこそ宰相になり、兄のウムグ王に仕えることにしたのだ。それが上手くいくと思っていたし、一時はそれで良かった。実際に上手くいっていた。」


 タルナスは緊張が解けた後は、全身が小刻みに震えていたが、隠すために拳をぎゅっと握り続けていた。


「グイニスは兄上と似ている。」


 少し感慨(かんがい)にふけっている様子だった父が、突然、現実の世界に戻って鋭い声で言った。


「グイニスは優しすぎる。」


 優しくて何がいけないのか、タルナスには分からなかった。民を思う良い統治者になるのではないか。王はそれで良いのではないか。


「王は確かに担ぎ上げられるもの。ずっと担ぎ上げ続けられる、有能な家臣が大勢いればそれでよい。王が家臣の才を(ねた)まず、成功しても(うらや)まず信頼し、家臣が己の才に(おご)らず、成功しても威張らずに(わきま)えていれば、確かにその方がよい。」


 タルナスが思っている、王と家臣の姿だ。何がいけないのだろう。理想を追って、何がいけないのだろう。理想を確かに現実のものとするのは(むずか)しいだろうが、それでも理想がなければある程度の所まで持っていくのは、難しいのではないか。


「それの…何がいけないのですか? 理想を追いかけなければ、現実に何も実現できないのでは?」

「いつでも、そのように条件が(そろ)うと思うのか?」

「…条件ですか?」


 思いがけない指摘だった。


「人材がいつでも、そのように揃うと思うのか? しかも、王も家臣も信頼し合い、人間として成熟していなければならない。しかも、人間はいつでも同じとは限らない。昨日は白と言っていた者も、次の日には黒と言うことは珍しくない。


 何がそうさせたのか。様々な状況がそうさせる。人の心を動かす。あの人なら絶対に大丈夫だということもないし、あの人なら絶対にだめだということもない。」


 意見を(ひるがえ)す者は多い。だが、タルナスはそういう者が嫌いだ。自分の中に芯を持たず、周りの状況を見てころころ意見を変える。日和見な者達だ。


「…それでは、一体、誰を信用できるのですか? よく分かりません。確かに父上の仰るとおり、人材が揃っている必要があると言われれば、そうかもしれませんが…。」


 タルナスの質問に父は答えなかった。もう答えは言ってあるとでもいうのだろうか。


「まだ…お前には早かったか。」


 そんなことを言われても分からないものは分からないし、信頼できないのも悲しい話ではないか。


「陛下。」


 そこに侍従長のナルダンが、薬の入った器を盆にのせてやってきた。


「行きなさい。グイニスの療養地を代えることは決定した。(くつがえ)ることはない。」

「……はい。分かりました。」


 タルナスは仕方なく答えた。結局、何やら問答されただけだった。しかし、この中にいくつか重要なことがあったはずだ。失礼しました、と挨拶をしてタルナスは下がった。


 従弟のグイニスは元気にしているだろうか。廊下を歩きながら、タルナスは考えた。タルナスが知っているグイニスは、まだ体が()せこけていた。線も細くて余計に少女のように見えて、タルナスやフォーリ、ベリー医師といった心を開いた人達としか、話すことができなかった。


 どうやら、グイニスは急激に成長して元気になっているらしい。剣術を習う、と自ら言い出したらしい。そのことにも、(おどろ)いていていた。昔は姉のリイカ姫に付き合わされて、剣を振れと言われて、嫌だーと泣き言を言っていた。


 父のボルピスがヴァドサ・シークに面会をして、グイニスの護衛を任せた時、実際に会ってみてタルナス自身は、ちょっと落胆していた。ただ、真面目で堅物な印象しかなかったのだ。ただただ緊張していた。そんなに剣術の腕が立つようにも見えなかったし、グイニスの心を開かせるほど、何かがあるようにも思えなかった。


 お前はまだ分かっていないな、先ほど何度、ボルピスに言われたか分からない。悔しいがヴァドサ・シークに関してタルナスが感じたことは、人を上辺しか見ていなかったことを露呈(ろてい)させた。

 くそ、と心の中で毒づく。父の言うとおり、まだまだ足りない。とりあえずでも何でも、権力は必要だ。グイニスに返す時まで保持して、誰かに横取りされないようにしておかなくてはならない。


「殿下。そんなに悔しがられなくても、よろしいのではありませんか?」


 部屋に戻るとポウトが言った。ポウトはニピ族の護衛だ。タルナスの護衛についてくれた、奇特なニピ族だ。ニピ族は自分で仕える(あるじ)を決める。不当に王座を奪ったようにしか見えない、ボルピスの息子のタルナスについてくれる護衛を見つけるのは、本当に大変だったのだ。


「……なぜだ?」

「陛下は殿下に期待なさっておられるからこそ、長い時間、殿下とお話なさったのだと思います。医師に告げられた時間ギリギリまで、お話を続けられましたから。」

「…そうか。期待しているのか、父上は。」


 嬉しいのか嬉しくないのか、微妙な心持ちでタルナスは窓辺に立った。晴れていれば、遠くにサリカタ山脈を見ることができる。今、グイニスはそのサリカタ山脈の向こうの方にいるはずだった。そうやっていると、急に孤独を感じて寂しさが募った。


「…グイニス、お前は元気か? 私は…お前に会いたいよ……。」


 口に出して言うと、余計に悲しくなった。天気は晴れていて、日は温かく、気持ちがいい。緑の木々の匂いがする。黄色いちょうちょが一匹、ひらひらと飛んでいた。

 タルナスはこぼれ落ちた涙を手の甲で拭った。そっと静かに、ポウトが手巾を差し出してくれた。

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