王と王太子 6
2025/08/01 改
「お前はこの騒動の仕掛け人が誰か、分かっているか?」
ボルピスの問いにタルナスは慎重に考えた。今日、父はなぜ次々と矢継ぎ早に教えてくるのだろうか。いや、最近は会いに行ってなかったから。忙しいのにかこつけて。時を待っていたかのようだ。
「…レルスリなのでは?」
するとボルピスは首を振った。
「いいや、違う。ギルム・イゴンだ。」
思いがけない名前に、タルナスは目をしばたたかせた。ギルム・イゴンは西方将軍である。
「議会で一番最初に、グイニスに親衛隊の護衛をつけなければならない、と発言したのがギルム・イゴンだった。」
四方将軍と中央将軍は首府議会などの議会に出席し、発言することができる。
「誰もがバムスの差し金だと思っただろう。真面目な男で通っている。だから、バムスに何か言われて、それもそうだと思い、議会で発言したのだと思っているだろう。私も最初はそう思っていた。だが、違う。」
「違うとは…どういうことですか?」
「バムスがこの騒動を調べること事態、彼の考えではないことを示している。つまり、仕掛け人はバムスではなく、イゴン将軍本人だということだ。
これで、イゴンの野心が明らかになった。最も信頼している者を、グイニスの側に送ったのだ。もちろん、グイニスの護衛が必要だという、イゴンの責任感もあるだろう。真面目な男には違いない。だが、これによってどういう事態になるか、分かっていてヴァドサ・シークを私に推薦し、まんまとグイニスの護衛にすることに成功したのだ。」
ギルム・イゴン西方将軍は、真面目で軍内でも清廉潔白で信頼できる人物として名が上がっている。そう知られている人物なので、“野心”という言葉にタルナスは反感を覚えた。タルナス自身、ギルムの評判に好感を持っていたからだ。だから、グイニスの護衛をギルムが推薦したと聞いて、自分が直接会ってみたいと思い、面会に同席したのである。
「野心という言葉がひっかかるか?」
父は鋭く気が付いて聞いてきた。
「……それは。」
タルナスは素直に認めるのが癪で、口の中でもごもご誤魔化した。
「誰にでも野心はある。野心とまでいかなくても、こうしたい、ああしたい、という将来の展望を考え、望みや希望を持ち、夢を追いかける。その中でも、とりわけ大きく欲に満ちているものを、人は野心と呼んでいる。
欲も夢も欲求も持たない人はいない。今日、明日の生活が分からない人さえ、『今日、なんとか生きたい。』『今日ものごいで少し小銭をもらいたい。』『何か食いたい。』そういう欲求を持っている。」
ボルピスの言うことは正しかった。正しいから余計に腹立たしいのだ。いつも父は正しかった。それなのに、なぜ、グイニスの生きる道を絶ったのだろう。理解できなかったし、したくなかった。結局、権力欲に負けたのだから。
「イゴンの野心は中央将軍になることだろう。おそらく、国王軍のてこ入れをしたいのだな。そのための一手が、グイニスにヴァドサ・シークを護衛としてつけることだった。十剣術交流試合に出場していないことも、この一手には重要だった。誰もが驚く実力を兼ね備えていながら、それを披露する機会がなかった。腕のある者を確実にグイニスの元に送るには、そういう者が必要だったのだ。
有名剣術流派出身といえども目立った功績はなく、地道にやってきた男をいきなり、この時に使ってきた。随分前からこの図を描いていたのだろうな。おそらく、ヴァドサ・シークを目にしてから、考えたのだろう。いつか、使える駒として準備していたはずだ。
グイニスの護衛は命がけだ。実力のある者でなくては務まらない。そして、何よりどんな誘惑にも負けず、権力におもねらない者を探して、試し続けてヴァドサ・シークにしたのだ。」
タルナスは黙ってボルピスの言葉を聞いていた。とりあえず、グイニスに返すべきものを返すには、権力が必要なのだ。それには、今、この国の最高権力の座についている、父の言葉を聞くのは重要だった。たとえ、腹の内では怒りに満ちていてもだ。
「ニピ族に対抗できる実力を持ち、なおかつ権力におもねらないことが、どれだけ奇特なことか、お前なら分かっているだろう。この貴重な一手をここに打った。鋭い一手だ。誰もが意外な一手に、右往左往させられた。
タルナス。もし、お前ならギルム・イゴンを中央将軍に据えるか?」
ボルピスの質問は、タルナスを試すものだ。
「…もし、私ならギルム・イゴン西方将軍を中央将軍に据えます。」
ボルピスの目がじっとタルナスを見つめる。
「それはなぜだ?」
考えを見透かされてしまいそうで、思わずタルナスは唾を飲み込んだ。
「それは、父上が仰った通り、どんな人にも野心があるというのなら、軍内でただ自分が好き勝手したいために中央将軍になりたい者より、よりよくしたい者に権力を与えるべきだと思うからです。」
「もしかしたら、権力を得た後に変わるかもしれんが。」
「それは、どんな人にも言えることだと思います。」
「お前は権力を、どういうものだと考えている?」
「私は…権力とは道具に過ぎないと思います。ですが、制御するのが難しい強力な道具です。だから、きちんと使える者に任せないといけないと思います。」
「そうか…。ならば、お前はグイニスに王が向いていると思っているのか?」
一度、目を瞑った後に聞いてきた父の言葉に、タルナスは一瞬、言葉に詰まった。
「え…それは。」
「お前はグイニスに王が務まると思っているのか? お前はグイニスに返そうと思っているようだが、どう思っている?」
タルナスは父の顔を凝視した。生半可な答えはできない。
「知っているぞ。ポウトは二番目だと。」
その言葉にタルナスはぎょっとして、ボルピスを見つめた。全身から汗が噴き出した。思わず両手の拳を握っていた。
「ならば、言い換えよう。お前は王とはどんなものだと思っている? 王に必要な資質、器はどういう器が適していると?」
どう答えればいいのだろう。実際に王である父に、どう答えればいいのか、分からなくなった。普段から考えていることを簡単に口にはできない。しかも、動揺を与えた後に聞いてくる辺り、さすが王であると言わざるを得ない。
「……そ、それは。王には人徳が必要だと思います。私には…それが欠けていると思っています。」
ようやく、なんとか答える。




