王と王太子 5
2025/08/01 改
「まあ、バムスとシェリアがヴァドサ・シークの腕が立つから、僻地へ送れと言うので、それに乗ってみようと思っている。それに、それだけでなく面白い展開になると言ってきている。
ここらへんで、少しベブフフとトトルビの息抜きもさせておかないと、いきなり大馬鹿をやらかすのでな。たとえば、偽金を作ったりということをしでかす。そういえば、その偽金作りを検挙したのは、ヴァドサ・シークだったらしいな。国王軍に納める馬を、横流ししていた事件も摘発したらしい。けっこう、そういう方面でも役立つ男だったようだ。」
独り言のようにして言った父の言葉に、タルナスは考え込んでいた。王である父が王太子のタルナスに、無駄に話した訳ではない。二つの事件は何か、これからのことに関係しているのかもしれない。
「そうでしたか。分かりました。親衛隊の実力があるから、大丈夫だということだとしても、何があるか分かりません。私はとても心配なのです。」
多少、沈んだ声のタルナスを見て、ボルピスは軽く息を吐いた。
「タルナス。そう心配する必要はないだろう。お前の杞憂はもっともだが、お前は誰にも肩入れしてはならない立場にいる。一時だろうと何だろうと、お前は王太子なのだ。」
父は施政者としては悪い王ではない。そんなことくらい、タルナスだって分かっている。だから、バムスがくっついているのだ。あんな切れ者が馬鹿な王に、わざわざ取り入る必要もない。気に入らなければ、代えられる力を持っているのだから。でも、心情として許せるかどうかは別問題だ。
「バムスがシェリアの領地にいたのは、グイニスに教育をするためだ。帝王学でも教えていたのだろう。元々馬鹿な子ではないから、教え甲斐もあって気に入っているはずだ。しかも、親衛隊の隊長に剣術を習い始めるときた。
だから、トトルビとベブフフがシェリアとバムスから引き離すのだ。あの二人が手を組んでいる限り、グイニスに教育を施すのを止めることができないからな。」
タルナスはボルピスを見つめた。
「…グイニスに教育をしているのなら、いいことではありませんか?」
「タルナス。もし、バムスがグイニスにお前を殺して、王位に就けと教えたらどうするのだ? 私はある程度、バムスは信用しているが、こういう点では信用していない。自分の都合の良いように、つまり、自分の為したい政に合致するように、人を動かすことが得意な奴だ。だから、ずっとバムスの元に素直なグイニスを置いておくことは、私も危険だと思っている。」
確かに先ほど父は、人を信用できる度合いも度量も、人によって違うと言ったが、本当にそう考えているのだ。
「シェリアもそうだ。計算高い女だ。ただ、グイニスのためだけに手助けしているのではない。将来を見越して、お前がダメになった場合に備えて、手を打っているだけだ。早い話、グイニスに恩を売っている。
ヴァドサ・シークのことについてもそうだ。ただ、懸想しているだけの話ではない。十剣術のヴァドサ家に目をつけている。剣族をどれだけ味方につけておくか、どの流派を取り込むか考えた時、建国時に貴族にならなかった一大勢力を味方につけることが、どれほど大きいことか分かっているか?
これでヴァドサ家も、政に無縁でいられなくなった。今までは中立を固く保ち続けてきたが、そうはできなくなったのだ。シェリアの目の付け所は実にいい。本当に感心する。」
将来…つまり、これから政情が不安定になった時に、備えているということだ。“武”が必要になった時に備えている。




