王と王太子 4
2025/07/31 改
「お前でも、シェリアのえり好みの激しさは知っているようだな。そのシェリアが気に入るとは。ヴァドサ・シーク、実に面白い男だ。私とお前に会った時は、ガチガチに緊張していた。イゴン将軍の推薦通り、真面目な男だという印象だった。その後のねつ造事件で、つい、私も焼きが回ったかと腹を立ててしまったが、その陰謀に乗らずに済んだのはバムスのおかげだ。
あやうく、トトルビとベブフフを無駄に喜ばせる所だった。」
ボルピスは言ったが、タルナスはまだ、グイニスをラスーカ・ベブフフの領地に送ることに納得していなかった。
「では、なぜグイニスをベブフフの領地に行かせるのですか? 仮に親衛隊の隊長の疑いが晴れたとしても、危険ではないですか…! 彼らの考えは私にも読める。
きっと、片田舎の奥地に送り、しかも、親衛隊が本来するような仕事でないような、そんな仕事をあてがって、嫌だと言わせる方向に持っていこうというのでしょう。親衛隊が護衛をしたくないと言い出したら、父上も彼らを戻すしかなくなり、そうなればグイニスも一旦、サプリュに戻すしかない。サプリュで何かすることも可能だし、親衛隊を母上の息のかかった者に代えれば、後は簡単に何か手を下そうと思えばできる。」
すると、なぜか父は笑い出した。
「ははは。お前もそう思うだろう。だが、なぜか、バムスもシェリアも彼らの思うとおりに、片田舎に送ればいいと言ってきている。」
「しかし、どこでどんな危険が待ち受けているか…! 食料だって安全でないかもしれないし、刺客だって送り放題では?」
「シェリアも大した女だ。気に入っている相手を、わざわざ茨の道に送り出すとは。私の予想とは少し違った。無理矢理、自分の手元に置こうとするかと思ったが。多少、グイニスに遠慮しているらしい。逆にそのことが本気だと示しているようだ。」
タルナスの質問に答えず、父はまだそんなことを言っている。よほど、シェリアが片思いしていることが衝撃的らしい。
「お前はまだ、聞いていないようだな。」
興奮気味のタルナスに、ボルピスは穏やかに言った。
「何をですか?」
「ヴァドサ・シークの腕前についてだ。」
今までの話が話だっただけに、色恋沙汰の腕前かと思ってタルナスは混乱した。
「え? 何の腕前ですか?」
「剣術の腕前に決まっている。剣術試合に一度も出場したことがないという話で、私も多少そのことが気がかりだった。
そこで、バムスとシェリアが、グイニスの護衛も含めたニピ族五人と手合わせをさせたそうだ。」
「…ニピ族五人とですか?」
わざわざそんなことをさせたら、さすがに可哀想だとタルナスは思う。ニピ族は強いのだ。そう簡単に倒せたら、誰もニピ族を護衛に雇わない。外国からも、護衛について欲しいとやってくるほどなのだ。結果は目に見えているではないか。親衛隊の隊長だろうとも惨敗のはずだ。
だが、少しは奮戦しないといけないだろう。せっかくバムスが無実だと証明したのだから、親衛隊を続けるには実力を見せるしかない。
「結果はどうだったのですか? ニピ族が相手なら負けるにしても、少しは奮戦して欲しいとは思いますが。」
「一人を気絶させ、二人を斬り、一人には首に剣を突きつけたそうだ。最後にグイニスの護衛とやりあって負けたらしいが。結局バムスの護衛四人を倒したらしい。」
タルナスは聞き違いかと思った。
「…本当ですか、それは?」
「本当のようだ。嘘をついても仕方ない。バムスは人格的にも、実力的にもヴァドサ・シーク意外にグイニスの護衛ができる者はいない、と言ってきている。寝込みを襲われたらしいが、六人ほど返り討ちにしたそうだ。」
「…名門の名は、落ちていなかったと? 確かに一晩中、グイニスを抱きかかえて森の中を走り回り、刺客を斬り続けたと報告を受けましたが…。にわかには信じがたく…。」
タルナスはあの状態のグイニスが、フォーリとベリー医師がやっと側にいられるくらいのグイニスしか知らなかったので、そのグイニスが心を開いて、抱きかかえられたということの方に驚いていた。
「しかも、そのニピ族達との手合わせの様子を見てから、グイニスが自ら剣術を習いたいと言ったそうだ。感心ではないか。姉が戦場に立っているのだから、せめて剣くらい振れるようにならなくてはな。」
グイニスの成長具合に満足している様子の父に、タルナスは複雑な気持ちになった。誰のせいでグイニスが、あんなに傷を受けることになったのか。心身共に傷ついていたのだ。母カルーラのせいで、死ぬところだった。幽閉を命じたのは父なのだから、父のせいでもある。両親のせいで死ぬところだったのだ。そう考えると怒りがこみ上げてきてしまう。




