王と王太子 3
2025/07/31 改
「…父上は何をご存じなのですか? 単純にベブフフやトトルビの主張だけのために、レルスリがノンプディの所領にいたとは思えません。何か、他に明確な理由があったはずです。しかも、父上のお話からすれば、レルスリは本当に抜け目ない人です。もっと、何かがあるはずでしょう。」
結局、嫌だと思いつつも聞いたタルナスの不満そうな表情を見ていたボルピスは、質問に口を開いた。
「一つはお前も知っている。」
「…グイニスの安全確保ですか?」
タルナスは答えながら、もう一つ気がかりな案件があることを思い出した。これも、かなり重要だ。
「…父上。グイニスの護衛の親衛隊隊長である、ヴァドサ・シークに関する案件ですが、あれは結局どうなったのでしょうか?」
タルナスにはどうなったのか、知らされていなかった。ヴァドサ・シークに関して妙な噂が流れ、事件
に発展したことは分かっていた。その調査をバムスがしていることも分かっている。
「確かにその二つの質問は、答えが重なってくる部分もある。ヴァドサ・シークに関する案件について、疑いはなし、つまり、でっちあげだったということだ。」
タルナスは多少びっくりした。かなり、本当の部分があるのではないかと思うほど、事件性は高いのではないかと感じていた。ヴァドサ家の名声も地に落ちたものだと半ば残念に思い、また、長い名声もどうせいつかは、そうなるだろうと思いもした。
「…かなり詳しく…緻密でしたが?」
「そうだ。私も半分騙された。人の妬みは恐ろしいものだな。身内がでっちあげたから、多くが騙されそうになったのだ。その点、バムスはそういうことを知っているから、必ずどんな人間に関する事柄でも、噂や評判を鵜呑みにしない。必ず調べてからでないと、動かない。だから、バムスを調べに行かせた。」
タルナスは考えていた。父はバムスを信用している。だが、彼が自分の都合のいいようにしか報告しない保証はどこにもない。
「…しかし、彼一人の報告だけを信用しても良いのでしょうか。レルスリがヴァドサ・シークは白だと言ったから、父上もそう信用されておられるのでしょう?」
すると、ボルピスは鋭くタルナスを見つめた。
「…お前、勘違いをするな。人を信用するというのは、その人間の全てをまるごと信用するのではない。
バムスはそういう点では信用できる。そして、仮に嘘をついたのだとしても、私はその嘘を信用する。つまり、その方がいいと判断したから嘘をついた。そういう時に無理して掘り起こせば、収拾がつかなくなる。トトルビやベブフフがつく嘘と根本的に違う。
人によって信じられる度合いも度量もまるで違う。信じられる部分も、信じられない部分もそれぞれ違うのだ。それを肝に銘じておくのだな。」
それは確かにその通りであると思ったので、不承不承、承知した。
「…分かりました。では、なぜ、レルスリの言うことなら信用できるのでしょうか? せめて、これにはお答えください。」
タルナスが言うと、ボルピスは苦笑いを浮かべた。
「タルナス。お前はまだ分かっていないな。逆に聞くが、お前はなぜポウトを信用しているのだ?」
「…え? なぜと言われましても…。」
なぜと聞かれて、どう答えたらいいのか分からなかった。
「人との信頼や絆とは、口では言い表しにくい。言葉や数字などで表されないものだ。感情が伴うものではないのか?」
「…それは…。」
「私とバムスの関係も同じだ。敢えて言うなら、その情報量と情報の真相を確実に知ろうとするバムスの性格だ。その、バムスが無実と判断した。だから、私はその判断を信じる。そういう点では信用できる。」
タルナスは少し狼狽えていた。なぜなら父のボルピスは感情を全く捨て去って、グイニスを追い落としたのだと思っていたからだ。だから、父の口から絆とか感情という言葉が出てきて、びっくりしていた。
「それに、面白い話もあってな。シェリアもバムスと同じように、そういう意味では信用できる。グイニスに危害を加えることはない。しかも、計算も大層できる策略家だ。
その上、独り身であるから、女としての欲も満たそうとしている。あれの男を見る目も大したものだ。そのシェリアも、ヴァドサ・シークは無実だと判断した。」
そこでボルピスは面白そうに、口の端を上げた。
「面白い話が聞こえてきた。お前も聞いただろう? シェリアが親衛隊の隊長に懸想したと。」
「……そ、それは。」
まだ、タルナスはそういう話をつらっとしてできるほど、色恋沙汰に慣れていなかった。だが、そういう話も聞いていた。だから、何が一体本当で嘘なのか、分からなくなっていたのだ。ヴァドサ・シークという男が、本当に女少年に関係なく手を出すのか、しかし、シェリアが気に入って迫るには、事件が本当ならあり得ない話だった。
シェリアが気に入る男は大変“上等な代物”という話は知っている。背格好、顔立ち、声、さらに人間としての中身。見た目だけ整えて取り入るために差し出したり、シェリアに媚びを売ったりした男は数知れず、葬られてきた。そう、文字通り“葬られて”きたという話だ。
さすがに話の全てが本当だとは思わないが、タルナスの知る限り、五、六件は本当だと思われる。
「お前も、まだまだだな。そんなことで動揺すれば、次々に女を送り込まれるぞ。だから、お前の母が躍起になるのだ。」
くそ、と思うが、これは父の指摘通りだ。だが、父のように何人もの女性と関係を持とうとは思わないが…!
「どうやら、その話、本当らしくて、バムスも少々やっかいだと思ったらしい。だから、余計にトトルビとベブフフの言うことをとりあえず、聞いてやることにしたのだ。」
思わずタルナスは、父を凝視した。宮廷内で何度も、美女のシェリアに取り入ろうとする男達を見てきた。気に入らなければ、冷たい視線で『お下がり。邪魔よ。』と冷たく言い放つ。何度か寝室を共にした後でも、『お前、調子に乗ったのね。馬鹿な子。お行き。』と言った。彼は本当にどこかに行った。たぶん、あの世へ。それ以来、その若者を見た記憶がない。
それが…そんな女性が、本気になった!? にわかには信じられない。




