教訓、三。盗み聞きも任務のうち。 4
その時、窓が突然、開いた。国王軍の宿舎だけでなく、大抵こういう施設の窓は、ガラスが格子状にはまっている。大きなガラスができないため、小さなガラスを格子状の木枠にはめるのだ。国王軍の宿舎では、風が強い日は雨戸を閉めることになっている。今晩は風が強くないので、雨戸を閉める命令は下っていなかった。
窓から意外な人物が入ってきた。いや…以外でもないかもしれない。しかし、何でもないことのように入ってきたが、ここは三階である。
当然、みんなはびっくりし、言葉すら出せなかった。
「話は聞かせて貰った。」
窓から入ってきたフォーリは、淡々と話し始める。
「もし、副隊長のベイルが諫めていなかったら、私はお前達を殺しただろう。…それと、ヴァドサ、隠れていないで出てきたらどうだ?」
フォーリの言葉に隊員達は、ぎょっとして入り口を振り返った。
(なんで、そこで名指しする…。)
シークは仕方なく、入り口から中に入った。
「た、隊長…!」
「私もお前達の話を聞かせて貰った。もし、ベイルが諫めなかったら、私が諫めた。」
シークはため息をついた。
「お前達…言ったよな、さんざんだめだと。なんで、感想を言い合った?」
聞いておいて、気が付いた。理由を聞いたら、フォーリの前で若様の容姿について話すことになってしまうと。
「え、それは…。」
隊員達が顔を見合わせて話し出そうとしたので、慌ててシークは止めた。
「いや、待て…! それ以上、言わなくていい。とにかく、ベイルのおかげで命拾いしたな。」
フォーリを見ると、彼も仕方なさそうな表情をしている。
「フォーリ、すまなかった。だが、ベイルに免じて許してくれ。そのつもりのようだったが、私からも頼む。」
「…今度、若様のことについて噂していたら、決して許さない。今夜の所は事前に謝罪もされていたし、副隊長も諫めていたから、許す。」
フォーリは答えると、ひらり、と窓から出て行く。みんな一瞬、呆然としたが慌てて窓辺によって下を確認した。
「嘘だろ、もう姿がないぞ…!」
「!えぇ、どこに行った?」
「おかしいな、たとえニピ族でもまだ、時間的に下りきっていないはずだ。」
「当たり前だ、私はまだ下りていない。」
隊員達がわあわあ言っていると、横から声がしてみんな飛び上がって驚いた。
建物の横に移動し、見えなくなっていただけだった。それでも、三階の壁を建物の少しのでっぱりを利用して、そんな芸当をしているのだ。
「!」
フォーリが出てきた姿を見つけ、窓から見ていた隊員達は言葉を失っている。フォーリはするすると建物の壁のでっぱりを利用しながら、今度こそ下に下りていった。
「はあ…! なんだよ、あいつ…!」
「ニピ族ってニピの踊りだけじゃねえのか!?」
「なんで、あんなに簡単そうに壁を登ったり下りたりできるんだ?」
シークも信じられない思いだった。みんなは一時、フォーリの凄さにひたすら感心していた。
その横で、シークは気が付いていた。フォーリがなぜ、横に移動したのかを。すぐには去らず、フォーリが去ったと思ってからの言動を探ろうとしていたのだ。だが、みんなニピ族に興味津々だった。若様の容姿に度肝を抜かれていたが、ニピ族とその武術にも興味を持っていたのは間違いないので、どうやって三階から下りるのか確かめられるとはフォーリも思わなかったのだろう。
「…隊長。あれは…。」
ベイルがそっと言ってくる。
「ああ、分かってる。」
シークは頷いて一同に言い渡した。
「いいか、みんな。フォーリがなんで横に移動したのか分かるか?」
「三階から飛び降りたと見せかけて、相手を混乱させるため。」
「ニピ族はなんでも、驚異的にできると思わせて恐怖を抱かせるため。」
「悪い答えじゃないが、それだけではない。ベイル、答えを。」
シークの指示にベイルが頷いた。
「フォーリが去ったと思った後、私達がどんな話をするのか、確かめるためです。」
みんな固まった。
「えぇ、気ぃ抜けないな…!」
「なるほど、本心を知るためか。」
「私達の行動が演技かどうかを調べるためということか…。」
「そういうことだ。私も昔、聞いたことがある。ニピ族が去った後はすぐに話を再開するな、と。本当だったんだな。私も初めて実感した。」
すると、一人の隊員、アトー・バルクスが気が付いた。
「…しかし、なぜ、フォーリはわざわざ私達の前に姿を現したのでしょう。そのまま姿をくらましたまま下に下りることもできたし、隠れていて私達の言動を確認することもできたはずなのに。そうしたら私達は、ニピ族は素早く三階から下に魔法のように下りたと信じたでしょう。」
確かにそうだった。シークは考えながら、口を開いた。
「…これは私の推測だ。おそらく、フォーリは私達にニピ族の行動を教えてくれたのではないか?」
みんなは顔を見合わせる。
「なんのために? 私達が知らない方が、彼には都合がいいのでは?」
「いや、そうとも言えない。私達はこれからセルゲス公を護衛する。今は安全地帯にいるが、これから危険な場所に出て行かなくてはならない。どこで刺客が現れるか分からない中で、私達が護衛のニピ族と不仲で、さらにその行動もよく把握できていなかったら、仕事が上手くできると思うか? 任務を全うできるだろうか?」
シークの問いにみんなは納得した。
「お互いに何も知らなさすぎたら、確かに上手く任務は全うできない。」
「確かにオレ達、実は危ないことをしようとしてんじゃ。もっと、お互いに信頼しあわなくてはいけないのに、前の護衛達が過ちを犯したせいで、向こうは最初から疑ってかかってる。」
「お互いに不信感を抱かせるのも、向こうの作戦だったのだろう。このままでは明らかに問題が生じる。」
みんなようやく若様の容姿だけにとらわれ、肝心のことについて話し合っていなかったことに気が付いた。
「じゃあ、今のは…わざと教えてくれたのは、今日のことは水に流してちゃんと任務をしよう、ということか?」
「おそらく、フォーリの口ぶりからして、そういうことだろう。私達が努力していると認めてくれたんだろう。」
シークの答えにみんな頭を抱えた。
「…なんて回りくどい。」
「よく考えなきゃ分からん謎解きだ。」
「フォーリの方とよく話し合いをしないといけないですよ、これは。いざという時、行き違いで殺されてもたまらないし。」
とりあえず、隊員達が護衛の任務に目覚めたので心底ほっとしたシークだった。