王と王太子 2
2025/07/30 改
「…どうせ、グイニスのことだろう?」
父は長椅子に座ったまま言った。
「そうです。なぜ、ベブフフ家の所領に行かせることを了承なさったのですか?」
ボルピスはため息をつくと、タルナスを見つめる。父であり王である。その視線は剣のように鋭い。
「まずは座りなさい。王になれば、詰め寄りたい時も座っていなくてはならない。」
別に王になどなりたくない、と言い返したかったが、今は素直に父に従って椅子に座った。
「ベブフフ家の所領に行かせれば、何があるか分かりません。なぜですか?」
タルナスはなんとか、興奮して大声を出したい衝動を抑えた。
「まずは、トトルビとベブフフの主張はなんだったか、覚えているか?」
問いに問いを返したボルピスに、むっとしたタルナスだったが、仕方なく口を開いた。
「レルスリとノンプディが、グイニスをこのままずっと自分達の所領にかくまい、一勢力として勢力を蓄えるつもりだと。そして、グイニスを擁立したい者も抱き込み、父上を追い落とす作戦なんだとか。そして、それに一枚噛んでいるのが、親衛隊の隊長だという。」
タルナスには、ブラークとラスーカの主張が嘘だと分かっているので、馬鹿馬鹿しくてしょうがなかった。
「…こんな主張が嘘だと、父上だってお分かりのはずなのに、なぜ、あんな主張に乗って、グイニスの療養地を変えてしまわれたのですか?」
するとボルピスは、ふん、と鼻で笑った。馬鹿にされているようで物凄く腹立たしい。
「お前はまだ、バムスのことを分かっていない。なぜ、私がバムスを内に引き入れたか。それは、私にとって敵に回したくない、一番の男だからだ。」
思わずタルナスはボルピスを見つめた。
「バムスの頭の中には、ベブフフとトトルビの主張も入っているだろう。分かるか? 私が何を言いたいか。」
「……それは、まさか、もし時が来たらそうしてもいい、ということですか?」
タルナスは若干混乱しながら聞き返した。
「でも、それでは味方の八大貴族を、敵に回すことになるのでは?」
「だから、バムスを分かっていないと言ったのだ。」
ボルピスに対して反発してばかりのタルナスだが、こういう事に関しては一目置いている。政務の手腕に関しては。ただ、叔父としては最低の叔父だし、父としてもひどい父親だと思っていた。きっと、王と父は両立しないと、父は言い切るだろう。
「バムスには敵も味方もない。単純な善悪や正義で、語るような連中とは全く違う。バムスは政治家だ。根っからの政治家だと私は思っている。だから、この国に何が一番最善かを考えて行動する。そのために、自分が悪評を被っても良いのだ。
あれにとっては、私ですら駒の一つでしかない。お前も駒の一つだろう。あれの楽しみは自分の掌の上で人を動かし、そして、より良い国を作ること。人生を賭けた大博打を打ち続けているのだ。
それがバムスの楽しみだ。その過程でバムスは、良い人材を発掘するのを殊のほか楽しむ。そして、自分が講じた手段によって、その人の人生がどう変わるのか、観察している。己の力量を正確に測っているから、できる芸当だが。」
バムス・レルスリはタルナスにとって、よく分からない人の一人だった。ボルピスの言葉を聞いて、初めてその一端が見えた気がした。
「少しは納得したようだな。」
タルナスの表情を的確に読み取って、父が目尻に皺を寄せる。大勢の女性が、王の女になるだけある顔立ちではあった。
「つまり、レルスリは王を交代させる案も、考えているということですか?」
少し悔しく思いながら、父に聞き返すとボルピスは頷いた。
「その通りだ。それが国のためになるなら、それができる男だし、そのために準備しておく男だ。」
「…つまり、ベブフフやトトルビの主張も一理あるということですか?」
「そういうことだ。そして、そのためにバムスはずっとシェリアの所領にいたのだろう。まあ、他にも興味を引くものがあったようだがな。」
どこか楽しげに父は軽く笑う。タルナスには笑えなかった。きっと、タルナスは知らない何かを知っていて、父は笑っているのだ。そう思うと不公平だと思う自分がいて、王になりたくないと言っているのに、王である父が知っている何かを、自分も知りたくなってしまっては、本末転倒だと嫌な気分になるのだった。




