教訓、二十二。時には詭弁も大事。 5
2025/07/29 改
そんなある日、バムスの元に密偵からの連絡がきた。首府のサプリュで動きがあった。
ラスーカ・ベブフフとトトルビ・ブラークが王に面会し、そろそろバムスに状況を説明させるべきだと主張したらしい。しばらく、状況を見るために滞在していたが、そろそろ潮時のようだ。
バムスがいつ頃、シェリアの領地を出るか考えていると、また、別の密偵から連絡が入った。
さらに、シェリアの伝書鳩も飛んでいた。しばらくして、シェリアがバムスの部屋にやってきた。
「失礼致しますわ。」
「どうぞ、シェリア殿。」
シェリアは少し厳しい表情をして、バムスを見つめた。
「手を打ってきましたわ。向こうの動きが早く、わたくし達がサプリュに行く暇がありませんでした。」
「ええ。そのようです。私にも連絡が入りました。」
「何を企んでいるのかしら…。」
シェリアは呟いた。その表情からは、恋に悩んでいる様子は一欠片も見当たらない。
「ベブフフ殿とトトルビ殿が、じかに殿下のお迎えに上がり、ベブフフ殿の領地までお連れするなんて。まさか、わたくしの屋敷にいるうちに、何か手を打つつもりなのかしら。そして、全ての責任をわたくしに…いえ、おそらくバムスさまにも押しつけ、正々堂々と殿下をお守りする名目で、連れて行くつもりなのですわ。
何か嫌らしいことを、考えているのではないかしら?」
「詳しいことなど分かりませんが、はっきりしていることは、殿下に私達が必要な教育など受けさせているのが気に障るので、交代させるのでしょう。妃殿下の思惑は、その途上で殺すことでしょうし、陛下の場合は勢力の均衡を保つために、私達だけに殿下のことを任せずにベブフフ殿に任せることにしたのでしょう。」
シェリアは頷いた。
「それに、噂もかなり効いたのでしょう。効果てきめんでしたわ。」
バムスは苦笑いした。
「そうでしょう。シェリア殿が狙う男性が親衛隊の隊長なんですから、ヴァドサ殿の従兄弟達が流した噂は、完全に嘘だったと陛下も確信されたでしょう。そして、それと同時に多少、慌てられたのでしょう。だから、ベブフフ殿とトトルビ殿の要求を聞き入れることにされた。」
シェリアが狙う男性は並の男ではない。一晩、相手をして貰っても彼女が気に入らなければ、捨てられる。しかも、場合によっては命を失う。それに、シェリアが求める場合、大抵は“一夜の晩”だけだった。惚れて振られても追い回す、などということはこれまでに一度もなかったのだ。
ボルピス王もそれを知っているし、それがいかに特異な状況かを分かっている。だから、それ以上シェリアが求めないように…さらに言うならば、シェリアにセルゲス公の護衛の親衛隊の隊長を取られないようにするため、手を回したということだった。
「…後は親衛隊の踏ん張りがどれくらいか、でしょう。おそらく、ベブフフ殿は殿下を療養の名目で、相当な片田舎に送るつもりでしょう。田舎ならば刺客を送りやすいですし、万一、村人の口封じをしなくてはならない状況が発生した場合も、殺す人数が少なくて済みます。田舎に送り、親衛隊がする仕事ではない、そういう雑役も課すつもりでしょうね。」
「そういうことかもしれませんわ。彼らにしてみれば、真面目な親衛隊の隊長は邪魔。いかにして、親衛隊を自分達の都合のいい者に交代させるかが、まずは最初の一手でしょうから、親衛隊の隊員が交代したい、と思わせる手を打ってくるつもりですわね。」
シェリアは眉間に皺を寄せて考えながら言っていたが、ふと口角を上げて笑った。
「…ほほほ。きっと、彼らは計算違いをしているのですわ。ヴァドサ殿は誇り高い方ですが、守るべき者のためならば、そんな誇りを捨てることができる方。他の名誉ばかり気にする輩と違って、己の名誉が傷ついても耐えられる方です。」
シェリアの言いたいことを理解して、バムスも笑った。
「そうですね。ヴァドサ殿には気の毒ですが、私はヴァドサ殿が彼らの思惑に気づかないまま、彼らを出し抜いて勝ってしまうと思います。そう考えると、ここは彼らに譲ってあげて、どうなるか先が楽しみでもあります。」
二人の貴族は、にんまりと笑った。シークのした準備は、なんとか間に合ったという所だろうか。
本人達の知らない所で事は動いているのだった。確実に、次の段階に向かって動き始めた。




