教訓、二十二。時には詭弁も大事。 1
2025/07/28 改
「…ヴァドサ隊長、これが…鬼ごっこの準備なの?」
グイニスは思わずシークに尋ねた。困惑していた。だって、グイニスだって“鬼ごっこ”が何かくらいは知っている。リタの森でリタ族の子ども達が遊んでいた。サリカタ山脈の子ども達も鬼ごっこをしていた。じゃんけんなどで勝敗を決め、負けた者が鬼になり鬼でない者を追いかけて触れたら、その人が鬼になる。
何も持ってなくてもできる遊びだ。ただ、グイニス自身が他の子ども達と多人数で、一緒に遊べる状態ではなかった。グイニスが話さなくても仲良くなった子達もいて、その子達が気を利かせてくれて、少しだけ参加したことはあるが、毎回、一緒にできた訳ではなかった。
目の前で準備されているのは、どう見ても軍事訓練の準備にしか見えない。なぜなら、親衛隊員は全員、鎧甲冑を身につけている。一斉に並んでいる姿を見ると、少し圧倒された。
「…本当に鬼ごっこ?」
「はい。鬼ごっこの準備です。若様、今から二人の隊員達と一緒にかけっこをして貰います。」
「かけっこ?」
グイニスの質問にシークは頷いた。そして、部下達から少し離れた所で、ひそひそと耳打ちする。
「若様。若様と親衛隊員と走らせた場合、普段から訓練をしている私の部下達の方が、若様よりも速く走れます。そのため、普通に鬼ごっこをすると、すぐに若様が捕まって鬼になってしまいますし、逆に鬼になってしまったら延々と鬼のまま、という事態になってしまいます。それを回避するため、部下達には重りをつけます。」
「…それで、鎧を着ているの?」
「はい。これでも足りなければ、さらにつけます。」
「でも、なんで、小声なの?」
グイニスも小声で聞き返した。
「これを聞いたら力を抜いて走るからです。意味がないので。」
思わずグイニスは、ふふっと笑ってしまった。
「分かった。それでか。みんな鎧を着ているから、びっくりしちゃった。」
フォーリは黙ってシークの説明を聞いていたが、それだけではないことを分かっていた。親衛隊だから鎧まで着ていても不思議はない。グイニスの護衛をしつつ、隊員達の訓練もしようという一石二鳥…いや、グイニスを鍛えるという目的も入れたら、一石三鳥を狙っているのだ。
シークは真面目で何事にも手を抜かない隊員と、のんきで深い事情までは考えない隊員を三名ほど選び出した。
まずは、一人目をグイニスと広場の地面に足で引いた線の前に並ばせた。
「よーい、どん、で走りますよ、いいですか?」
とグイニスは言われて頷いた。
「よーい、どん!」
兵士が走り出して、遅れてグイニスは走り出した。どうにも、こういうことに慣れていないので、瞬発的に動けなかった。しかし、意外な事実が判明した。グイニスは意外に足が速かった。遅れたにもかかわらず、リタの森やサリカタ山脈で足が鍛えられていたのか、案外、楽に兵士達に追いつけたのである。歓声が上がって、グイニスは少し嬉しくなった。
もう一回走って、兵士達には砂袋の重り一つ分を腰に巻いて走ることになった。
「よし、これで鬼ごっこの準備ができました。それでは、じゃんけんをしましょう。まずは普通の鬼ごっこからですが、フォーリは若様と一緒に逃げるということで。」
「隊長、そしたら、フォーリと若様のどっちに手をつけたらいいんですか? 触らないことには、鬼ごっこになりません。」
一人が質問した。
「そうだな。フォーリに触っても意味がないので、若様に触れること。今の場合は普通の鬼ごっこなので、フォーリも若様に触られそうでも邪魔をしないこと。」
「…分かったが…ヴァドサ、さっきから“普通の”鬼ごっこと言っているが、鬼ごっこに普通も何もあるのか?」
フォーリの質問に対して、シークの部下達から妙な雰囲気が醸し出された。
「何だ、お前ら。何か言いたそうだな。」
シークが言うと、隊員達は顔を見合わせてため息をついた。
「だって…隊長。これって、さっきから嫌ーな予感がしているんですよ。だって、これって、鬼ごっこという名の地獄の訓練なんじゃないんですか?」
ミブスが言うと、周りも同調した。
「いいや、これは鬼ごっこだ…!」
シークは妙にはっきり言った。
「絶対に、軍事訓練じゃない…! お前ら、よーく頭に入れておけ。分かったな?」
めったにシークは、例えば黒を白と言わないし、白を黒と言えというようなことを言わない。そのシークがそんなことを言い出したので、隊員達は顔を見合わせた。
「分かりました。」
ベイルの他、ロモルとモナはすでに分かっていた。ヘムリだって分かっている。その理由を。若様に国王軍がするような訓練を受けさせたと知られたら、まずいかもしれないからだ。特に王妃に知られた場合どうなるか分からない。
頭脳派達が頷いたので、他の隊員達も頷いた。
「分かったなら、今から鬼ごっこを始める。」
鬼ごっこと言いながら、妙に軍事訓練的だった。




