教訓、二十一。口は災いの元。 18
2025/07/27 改
「ヴァドサ隊長、凄かったね。」
若様が近寄ってきた。目をキラキラさせて、頬を紅潮させて興奮している。楽しかったようだ。シークも子どもの頃、猛者達の試合を見て興奮したことを思い出した。
「ありがとうございます。」
とりあえず、素直に礼を述べる。
「…あのね、本当はあっという間に負けちゃうかもしれないって思った。でも、勝ったから凄いね。」
「いえ、勝っていません。」
シークは急いで言った。
「そうです、若様。勝ったのは私です。」
フォーリがいささか不満そうに口を出す。
「あ、そうか。でも、五人もいたのに、フォーリと一対一で戦うくらいに減らしたんだもん。凄いよ。私もニピの踊りや舞が強いのは知ってるよ。だから、いつも凄いなぁって思ってたの。でも、私が覚えられるわけがないから、習ってみようとは思わなかった。
でも、ニピの踊りや舞に対抗できるなら、私もやってみたい。」
若様の最後の言葉に、その場にいた人々は驚いた。
「私に剣術を教えて欲しい、ヴァドサ隊長。私も習いたい。そうしたら、自分で自分の身を守れるようになる。もしかしたら、たった一人の時に刺客が来るかもしれない。そうなった時に、自分で自分の身を守れるようになっていれば、少しはフォーリも助かるだろうし、みんなも安心できるでしょ?」
若様はまっすぐシークを見上げた。その目は本気だ。一生懸命、自分を守る力を身につけたいと本気で思っている。今までと少し違う目だった。今まではどこか、自信なさげな目をしていて、悲しそうで憂いに満ちていた。いつも、不安そうな目をしていた。
シークはフォーリを見た。
「…私が教えればヴァドサ流になってしまうが…。」
「何流でも構わない。ニピの舞は教えてはならないことになっている。だから、それ以外なら何流でも構わない。それよりも、若様がやる気をみせていらっしゃる。私はそのことがとても嬉しい。」
フォーリはシークに言うと、若様の前にひざまずいた。
「若様。本気で習いたいのですか?」
「うん。…前にフォーリが教えてくれようとした時に、覚えられなくてごめんなさい。」
「若様、そんなことはいいのです。私はそれよりも、若様が何かに前向きになろうとしていらっしゃることが、とても嬉しいのです。」
フォーリは本当に感極まっている様子だ。それはそうだろう。初めて会った時、若様は普通に話すことさえできなかった。いつも怯えていて、怖がって不安がっている、時が十歳で止まったままの少年がいた。それが、急に成長して、進み始めたのだから。
「…本当?」
「はい。それよりも、若様。おそらく、ヴァドサに習うと、とてもきついと思いますが、それでも大丈夫ですか?」
「うん。少しきつくても頑張る。」
若様のやる気を確認してから、フォーリは立ち上がってシークに向き直った。
「若様に剣術を教えて下さい。お願いします。」
そう言って、丁寧に頭を下げた。これはいい加減な気持ちで受けてはならないと、シークも姿勢をただして若様と向き合う。
「分かりました。私でよければ、お教え致します。」
「本当、ありがとう。」
若様が小躍りして喜ぶ。初めて会った頃にはびっくりするほど愛らしくて、どぎまぎしてしまったが、今は慣れて普通の子が喜んでいるくらいの感覚になった。
「それで、何をするの?」
さっそく、何をするのか聞いてきた若様には申し訳ないが、今は動けそうになかった。
「申し訳ありません、若様。今は少し休ませて下さい。休んでからでないと、動けません。」
シークが言うと、ベリー医師が湯飲みを差し出した。
「どうぞ、飲んで下さい。顔色が悪いですよ。脱水症状ですね。」
シークは白湯を飲み干した。ベリー医師はフォーリにも飲ませている。
「大丈夫?」
「若様。今日は無理です。医者の私が止めます、やると言っても。無理しますからね、この人は。」
若様はベリー医師に言われて、何かを思い出したようにはっとして頷いた。
「…しかし、そうは言っても、どんな訓練をするつもりだ?」
フォーリが少し心配そうに言った。
「心配ない。最初は約束していた鬼ごっこからだ。」
「鬼ごっこ?」
シークの言葉に、若様が落胆したような声を上げた。何か剣を振ると期待していたようだ。
「若様、最初は体力をつけることが大事です。鬼ごっこで十分です。それに、私の鬼ごっこは少し違いますよ。」
若様は不安そうにシークを見上げた。
「大丈夫です。楽しくしないと長続きしません。」
シークの言葉に若様は、ふうん、と頷いた。




