教訓、二十一。口は災いの元。 16
2025/07/26 改
シークは手巾で剣を拭うと、鞘を拾って構え直した。
フォーリとガーディはシークの前後に立った。今度狙うなら、ガーディだろう。だが、一段と勝つことは難しくなった。この二人はかなりの猛者だからだ。バムスの護衛の中で、一番、脂がのっている状態なのはガーディである。彼と戦うことがいかに大変かは、分かっているつもりだ。
時間をかけても不利なだけなので、短い時間でここまで来たが、ここからは忍耐力が必要になる。痺れを切らした方が負けだ。
フォーリとガーディがシークの周りをゆっくり回る。これで焦ったりしたら負けだ。さっき、サグとサミアスにかすり傷を負わせたので、二人に手加減する気は全くないはずだ。少し前まで四人いた時と、二人から出る気が全く違う。人には本気でやれと言っておきながら、どこか本気ではなかった。
今は殺気すら感じる。二人の目は獲物を見つけた猛獣のようだ。ベリー医師が猛獣と言った理由が、より明確に分かる気がする。ぐるるる、という唸り声さえ聞こえてくるような気がするほどだ。虎か何かが前後にいるようで、落ち着かない気分にさせる。
三人はすでに全身汗びっしょりだった。シークも久しぶりに、背中がぞくぞくするような殺気を感じていた。だが、これで先走ったら負けだ。
シークは呼吸を整えた。どんな時も自然と一体化する。剣も空気と同じように、自分と一体になる。
ざあっと風が吹いて、木々が潮騒のような音を立てた。
今度はニピ族達が先に動いてきた。
速い。
ニピの踊りにしろ舞にしろ、まっすぐには間合いを詰めてこない。独特の抑揚がある。ぼんやり見ていたら、あっという間に間合いは詰まっている。普通ならそこでやられて死ぬ。シークは持ち前の能力で、なんとかニピの踊りの動きをつかんでいた。ガーディの鉄扇を鞘で受け流す。だが、途中で鞘が手から離れてすっ飛んだ。
「!」
横からフォーリの鉄扇が来て、なんとか受け流したが後ろに飛ばされる。受け身を取って、すばやく起き上がり、起き上がりながら、ガーディの足に切りつけた。ガーディの脚絆を切っ先がかすめる。
さらに間合いを詰める。左手で鉄扇を躱しながら外に押しやり体勢を崩させた所で、首筋に剣を突きつけた。
「!」
会場の人々は一瞬、息を呑んだ。誰もが首を斬られたと思ったはずだ。ガーディ自身も一瞬、身を強ばらせた。人間なら自然な本能だ。
ガーディは一度、目を瞑ってから息を吐いた。シークもゆっくり剣を降ろした。
「本当に見事です。私達の動きを見切っているように見えます。負けました。」
一礼するガーディに、シークも一礼する。
最後に残ったフォーリと向かい合った。
広場はしん、と静まりかえっている。誰も何も言わない。息を呑んで見つめている。
シークは呼吸を整えた。フォーリも同じだ。その後、フォーリは一人で舞を舞い始めた。ゆっくりと舞う。舞ながら側に来る。シークはフォーリが自分の間合いの中に入るのを待った。
二人は同時に動いた。
キン、と固い金属音が響く。同時に火花も散った。幾度もそれが続く。さらに今度は鉄扇がひらめいて、深くに踏み込んでくる。シークが躱し、さらに仕掛け、バスッという開いた鉄扇で捌かれる音がする。
剣と鉄扇が、お互いに攻めては受け流すのを繰り返した。
ギン、と少し鈍い音がした瞬間、二人の武器は飛ばされた。だが、二人には拾いに行く余裕はない。お互いに体術技を掛け合う。二人とも容易に倒れない。二人同時に地面に倒れ込み、揉み合った。
地面を転がったことで、小さな小石が勝敗を左右した。シークは一瞬、背中に小石が傷跡に当たって身を強ばらせた。
その動きが鈍った一瞬を見逃してくれるほど、フォーリはあまくない。すぐに技をかけられ、組み伏せられ素早く短刀を突きつけられた。
完全にシークの負けだった。
「…あー、負けだ。」
シークが負けを認めたので、フォーリは立ち上がった。だが、さすがに息が上がっている。シークもすぐには起き上がれない。もう、へとへとだ。
「大丈夫か?」
フォーリが言って、手を伸ばして立ち上がらせてくれた。
「…大丈夫じゃない。きっと明日は動けない。もう、へとへとだ。」
「そうだろうな。私も久しぶりに疲れた。」
二人はようやっと自分の武器を拾った。
「勝者はフォーリ。」
宣言が遠くに聞こえる。優勝はフォーリである。




