教訓、三。盗み聞きも任務のうち。 3
その晩、シークは一人、隊長専用の個室で考えていた。まだ宿舎に泊まっている。後数日、準備が整うまではいる予定だ。そもそも、カートン家に侵入する馬鹿もそういないので、安心なのだった。しかも、総本家があるコニュータだ。万一の時は、リタ族がすぐに応援に駆けつける。
いろいろと頭が痛い案件があるせいで、珍しくシークは考えた。こんなに安全な場所なら、ずっとコニュータにいればいいのに。
(いやいや、いかん。)
シークは頭を振った。そういう訳にもいかないだろう。ずっとコニュータに王の甥を置いておくわけにもいかない。カートン家がセルゲス公を利用して何かするのではないかとか詮索されたり、いろいろ良くない状況が発生するだろう。
しかも、ずっとコニュータにいると分かれば、敵も何かしら手を打ってくる可能性はあるし、カートン家に侵入する馬鹿な作戦を、実行できるまでに昇華させる時間を与えることにもなるかもしれない。
今頃、隊員達は何を話しているか…。決まっている。セルゲス公…若様の容姿について話しているはずだ。話が盛り上がった所で様子を覗い、釘を刺すしかない。どんな話をしているか確認しておく必要がある。そろそろかぁ、と思いながらシークは椅子から腰を上げた。
シークはこっそり、隊員達の部屋に向かった。隊長と副隊長は個室があるが、後は大部屋だ。
大部屋の前で気配を消して立つ。引き戸が半開きになっている。夜で明かりはいくつかのランプしかないので、部屋の中は薄暗い。
「…副隊長もどうせ、同じこと思ってんですよねー?」
「こっそり、オレ達が何、話してるか確認しようってしたんでしょー?」
扉が半開きなのは、そういう理由だったらしい。ベイルがシークより早く、隊員達が何を話しているか、気になって様子を見に来た。だが、気づかれて中にいるということだ。
「で、副隊長、どうでした? 可愛かったですよねぇ?」
「お前達、感想を言うことすらダメなんだぞ。」
「だって、ここなら誰も聞いてないでしょう。今、ここだけですって。」
「そうっすよ、任務に就いたら決して口に出しませんって。」
「もし、万が一、誰かに聞かれたらどうする?」
「大丈夫っすよ。さっきも確認したし。」
シークはすぐにさらに柱の陰に隠れた。少し声は遠くなるが、引き戸が半開きのおかげでよく聞こえてくる。誰かが様子を見に来た。
「やっぱ、誰もいないっす。」
向こうに戻っていったので、しばらくしてから引き戸の前に移動する。
「ほんっと、可愛かったですよねぇ。ねー副隊長?」
「……。」
ベイルはもはや何も言い返さない。ダメだろう、もっと強くいかないと。そこが彼の弱点だ。副隊長の間にもう少し強く出ることを覚えれば、鬼に金棒といったところだ。
「いや、あれ、ほんとに男の子? 女の子じゃねぇの?」
「…実は私も混乱した。まだ、幼げな顔立ちなのに、なぜか色香があって驚いた。」
めったに感想を口にしない無口な隊員までが感想を述べている。
「ああ、それ…! 俺も思いましたよ。俺、色気っておっぱいとお尻で出るもんだと思ってました。全然どっちもないのに。」
「前の隊が欲情したって話…嘘だと思ったけど、あれじゃあ本当だわって話ですよね。」
だんだん、話の方向がマズい方へ向き出した。
「思った、思った。」
「食べちゃおうって思った気持ちも分かったって。」
シークが出て行こうとした時だった。
「みんな!」
ベイルが珍しく厳しい声を出した。
「それ以上、言ったらいけない。規律が云々の前に、セルゲス公…いや、若様のお気持ちを考えていないだろう。私達にとってはただの好奇心の話かもしれないが、ご本人にとっては深刻で真剣な問題だ。あのお年で男にも女にも色目を使われるんだぞ。どういう気持ちになる?」
「…いや、それは。」
「だから…ここの内輪だけの話で外には漏らしませんし。」
「そういう問題か? 普段思って口にしていることは、ふとした時に出てしまう。もし、ご本人がいないと思っている所で、直接若様がお聞きになったら、どうする?」
ベイルが本気で怒っていると気づいて、みんな押し黙った。
「みんなも弟や妹がいるはずだ。兄弟、姉妹がそんな目に遭っていると知ったら、怒らないか? 面白半分に茶化されたらどう思う? きっと、みんな殴り込みにいくはずだ。それができるほど訓練を受けているしな。」
ベイルはみんなを見回した。
「…確かに若様は想像以上に綺麗な子だった。でも、私はそれ以上に、私達の前に出て来る前に心配していた、あの姿の方が衝撃的だった。誰かが殺されることを心配していた。それだけ、目の前で人が殺されたということだ。それを思ったら、私は胸が痛んだ。
震えながら私達の前に出てきて。本当に必死でなんとか役目を果たそうとした。あの姿を見て私は、決して面白おかしく笑うことなどできない。茶化すことなんかできない…! 十歳かそこらでそんな目に遭った子に、いたずら半分で容姿のことを云々言えない…!」
本当に冗談半分だったという一同は、ベイルの怒りの方に驚いている。
「それに、みんなはあの子の容姿ばかりに目がいっているが、あの子はどうして出てきたか、その時の状況を覚えているか?」
ベイルに問われて隊員達は顔を見合わせた。
「あの子は隊長が、国王軍の親衛隊の隊長として妃殿下の話は無視していいと断言し、その言葉を確認してから出てきた。彼は聡明だ。隊長の言葉がどれほど重いか、それを理解しているから、隊長の面子を潰さないためにも護衛の後ろから出てきたんだ。」
隊員達があっ、という顔をした。
「それにあの子は洞察力もあるようだ。ぼやぼやしていたら、私達がどんなことを考えているか見抜かれる。」
一同は沈黙した。みんな、そこまで深く考えていないかったのが分かるので、護衛という任務が、ただ守っていればいいという訳でないことに、ようやく目が行ったようだ。