教訓、二十一。口は災いの元。 15
2025/07/26 改
主人公シークの本格的なアクションシーンです。鉄扇?ニピ族?なんじゃそりゃ?と思われた方は、ぜひ、最初からお読み下さい。
「では、はじめ!」
試合が始まった。
シークはじっと出方をうかがった。誰もすぐには動いてこない。だからといって、こっちからすぐに動くつもりもなかった。慌てれば、すぐに負ける。ニピ族の鉄扇だ。しかも、本気でやれということは、向こうも本気だ。一回でも鉄扇で叩かれたら、おしまいだ。激痛で動けなくなり、負ける。
呼吸を整える。剣と空気と一体になる。風がそよぐ音が耳元でする。蜂やハエが飛んでいる羽音も聞こえる。小鳥のさえずる声。
シークはまず、右手のサグに近寄った。あまりに静かに自然に寄ったので、サグも反応が遅れた。さすがに後ろに飛びすさったが、一瞬遅れる。シークの剣がサグの右腕をかすった。籠手があったので、腕は切れない。だが、いきなりの窮地にサグの呼吸がわずかに乱れた。
左手の鞘を斜め下から振り上げて、サグの鉄扇を受けつつ、空いた胴を狙って切り上げた。手ごたえがあった。だが、革胴衣を着ている。切れたのは胴衣だ。サグが下がった所を、さらに間合いを詰めて切り上げた。血が跳んだ。
誰もが一瞬のできごとに言葉を失った。
サグの籠手が地面に落ちる。彼の右腕から血が滴り落ちた。胴を庇おうとした右腕を斬ったのだ。籠手がなければ腕を失っている。
「…大丈夫か?」
「はい。かすり傷です。見事でした。」
サグはサミアスに答えた後、シークに一礼すると籠手を拾って広場を去った。
一番、若そうで経験の浅いだろうサグを狙ったのである。上手く退場させられたが、後の三人はそう簡単にいかないとは、シークも分かっている。ガーディもシークと似たような年齢に思われる。それなりに経験を積んでいるから、そう、簡単には潰せない。
だから、シークが次に標的にしたのは、サミアスだ。経験は豊富だろうが、年かさである。誰も年には勝てない。最強伝説を誇るニピ族であってもだ。それに、サミアスは年を取れば無理はできなくなると言っていた。
つまり、彼は年を感じる年齢になっている、ということでもある。
静かに呼吸を整える。本番はここからだ。
だが、先にフォーリが仕掛けてきた。シークの呼吸を整えさせない作戦だ。さすがだ。ガツッ、と鞘で鉄扇を防ぐ。ガッ、ガッ、ガッという音が繰り返される。さらにガーディが今度は右からやって来る。剣でまともに受けられない。受ければ剣が刃こぼれするか折れる。左手の鞘はフォーリの鉄扇。こうなることは分かっていた。
シークはすっと体中の力を抜くと、しゃがんで二人の攻撃から抜けた。急に抜けられたため、さすがの二人も少し蹈鞴を踏んだ。二人は動いていたので、勝手に囲いから抜ける。少しのこの時間が必要だった。たった一瞬のこの隙が必要だった。一人、サミアスが目の前にいる。
シークは立ち上がりながら、鞘を捨てて両手で剣を握り、左下から切り上げた。
「!」
バスッという妙な音がした。サミアスの開いた鉄扇が防いだのだが、切り上げて振り抜いた拍子に鉄扇が跳んでいった。サミアスが後ろに下がり、シークが攻める。フォーリとガーディから離れる今のうちだ。サミアスが柔軟に足技をかけてきた。だが、シークも柔術技を持っている。二人は技を掛け合うが、誰の目にもサミアスの方が不利だった。
シークは組み合っている状態から、急いで離れた。サミアスの飛ばされた鉄扇をガーディが投げて寄越したので、急いで下がる。剣で弾くとまずいだろう。だが、サミアスが拾うのを邪魔するために、しゃがんでサミアスの足を剣で払う。サミアスが跳ねて伝繰り返しをしながら、鉄扇を拾った。
その間にフォーリがまた、鉄扇を振り上げてくる。シークはそのまま起き上がって走ると、フォーリの胴を狙う。急に間合いに入られたため、フォーリは鉄扇で防御に入った。防御しつつ、後ろに跳んで下がる。
下がったフォーリを深追いはしない。すぐに体を回転させ、サミアスを狙うが、その前にガーディの攻撃を受けた。とうとう剣で鉄扇を受けた。さっき、鞘を捨てたからだ。刃こぼれするので、柔らかく勢いを殺しながら、流した。
さらに半歩下がって、外側からガーディの右腕を押して体勢を崩させる。ガーディは体勢を崩したが、すぐに受け身を取って起き上がり、立ち上がる。
その瞬間にサミアスに向かった。もちろん、鉄扇で攻撃してくる。キン、キン、キン、と金属音が響く。力を込めれば負けだ。剣が折れてしまう。柔らかく流し続けるしかない。後ろに下がりながら流し続ける。円を描くようにして回りながら、呼吸が乱れるのを待つ。攻撃してくる間は、息を吸っても吐いてもいない。
やがて、サミアスの息が乱れた。攻撃が終わる。その瞬間を見逃さなかった。鉄扇を躱した直後に間合いにすっと入り、上から切り下ろす。だが、振り下ろす直前に手首に石つぶてが当たった。かなり痛みが走り、少し腕が遅くなる。そのわずかな隙にサミアスが鉄扇で防御しようとした。それでも、少し勢いは落ちたが、そのまま振り下ろした。
サミアスが後ろに飛ばされるようにして倒れた。革の胴衣ごと斬った。もし、サミアスが少しでも鉄扇で防御しようとしていなかったら、死んでいた。鉄扇で防御しようとした分、勢いが殺された。もし、鉄扇で防御しなかったら、胴は真っ二つになっていただろう。
シークの剣先から血が落ちた。防御したとはいえ、サミアスを斬ったのだ。
しん、と静まりかえっていた広場に、観衆のどよめきが広がった。
ガーディとフォーリがサミアスに駆け寄っている。フォーリは警戒を怠らず様子を見守っているが、ガーディは少し慌てていた。
「…大丈夫だ。かすり傷だ。」
サミアスは言いながらガーディに助けられて立ち上がった。革の胴衣が切れた下の服に、血が染みている。
シークは怪我をさせてしまったと思ったが、本気で来いと言われた以上、最後までやるつもりだ。そもそも、武術は殺しの技術だ。お互いにその技術を高めた者同士が戦い合っている。本気で戦うということは、そういうことだった。
「見事な腕前です。素晴らしかった。久しくこんな強者と手合わせをしなかったので、とても楽しかったです。」
一礼した。シークも黙礼する。サミアスは広場の途中まで、ガーディに連れられて行った。気絶して復活していたヌイが迎えに出て、一緒に歩いて戻っていく。さすがのバムスも少し顔が強ばっているが、やめさせることはしなかった。




