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教訓、二十一。口は災いの元。 14

2025/07/20 改

「再戦の前にちょっと、水を飲みなさい。」


 ベリー医師が言ったので、みんな仕方なく一度戻る。ベリー医師が配った丸薬を一粒ずつと、水を椀に一杯ずつ飲み干した。


「この丸薬は何ですか?と聞かないんですか?」

「聞かないとダメですか?」


 ベリー医師は、すっかり機嫌が悪くなっているシークに話しかけた。


「聞いたら、びっくり仰天する答えをしようと思っていました。きっと、原材料を聞いたら吐き出したくなるでしょうね。」

「……。」

「いつもだったら聞くと思ったので、こっちから言ってみました。」


 ベリー医師はにっこりする。


「……。」


 シークはフォーリよりも年長者で、しかも二人とも若様の護衛である。だから、怒りを(こら)えて言い返さないようにしているのだ。分かっているベリー医師は、わざとシークに話しかけたし、試合の前に水を飲ませることにしたのだ。


「そのまま、戦いに挑んでも負けますよ。まあ、お分かりでしょうけど。過失で人を死なせた経験なら、ヴァドサ隊長、あなたより私の方があると思いますよ。」


 シークがはっとして、ようやくベリー医師の顔を見る。


「なんせ、生業が医師なので。それに、全然関係ないことでも、死なせたことはあります。ニピの踊りの練習中に打ち所が悪くて…というか、絶妙に上手くいきすぎて死んでしまったんです。

 落ち込んでいる私に、ニピ族は上手かったと()めてくれるし、喜んでいいものやら(なげ)いた方がいいものやら…。あの時は困りましたね。」


「……。」


「大丈夫ですよ。ニピ族の運動神経の良さは並外れています。それよりも、機嫌を悪くしたら手のつけようがないんですよ。


 たとえば、あなたが今日、あっさり負けてしまったとしましょう。きっと、調子が悪かったと考えて、後日、もう一度、同じ条件で試合をしようと言ってきますよ。あなたが承諾するまで言ってきますし、彼らが納得する結果が得られるまで、それが続きます。考えてみて下さい。大昔からの約束を守り続けることができる人達ですよ?


 一年前の約束を果たせというのは、普通ですし、十年越しで約束を果たすこともよくあります。

 たぶん、このままだとあなたが忘れた頃に、もう一度試合をしろとか言ってくるでしょうね。お祖父さんになっていても関係ないですしね。


 私だったら、今日、しっかり試合をして彼らを満足させておきます。猛獣には肉をやって手懐けておかないと、後々面倒ですから。()みつかれてね。」


 ぽかんとしているシークに、ベリー医師は笑う。


「誰が猛獣ですか?」


 フォーリが怒っている。


「もちろん、君達だよ。狼とか虎とか獅子とか、そんな猛獣みたいじゃないか。豹じゃ大きさがちょっと小さいからねえ。」


 ベリー医師にかかれば、猛獣も相手にされない。


「まあ、冗談はさておき、実際に今日しっかり試合をしておいた方がいいのは、本当ですよ。実際に親衛隊の隊長の実力が、ニピ族に通用するのか、知っておくのは大事なことですから。あなたも知りたくないですか?自分の実力がニピ族に通用するのか。」

「…それは。」


 シークは言いよどんだ。


「肩の力を抜いて。ただの試合なんですから。どうせ、負けたって、ニピの踊りには、ヴァドサ流も通用しなかったって言われるだけですからね。大丈夫ですよ。ははは。」

「!」


 その言葉を聞いて、シークが思わずベリー医師を(にら)んでいる。ベリー医師が一番、()きつけるのが上手いのかもしれなかった。



 ニピ族達との試合が再開された。今度はシークも剣を抜いた。だが、(さや)も左手に持つ。剣帯は普通に腰に下げ直していたが、マントは部下に預けている。

 シークは親衛隊の隊長として、負けて試合を終わらせようとしていたのだが、それをバムスに見抜かれた上、ニピ族達の誇りを傷つけることになってしまった。確かに若様に対して、自分の実力を心配しない程度に見て貰う必要もあったが、ヌイを一人気絶させているので、大丈夫だろうと思っていた。


 だが、一度も剣を抜かないで終わるつもりか、と言われてはっとした。確かに考えてみればそうだった。一度も剣を抜いていなかったのだ。これでは、馬鹿にされていると思われてもしょうがない。

 それに、万一、怪我をしてしまったら困ると考えてしまうのだが、それはシーク自身の言い訳だと言われて、もしかしたら、そうなのかもしれないとも思った。それにしても、何も言ってないのに、自分の過失で怪我をさせたことがあると見抜かれたのも、気まずかった。


 さらにベリー医師は、人の神経を逆なでするのが上手だ。あんな風に言われたら、負けるわけにはいかない。

 腹は立ったが、思いっきり剣を振れる機会であるのも事実で、わくわくする自分がいるのも事実だった。


「…よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。今度は遠慮なんてしないで下さい。怪我をしても、構いません。旦那様はそんなことで、文句を言われるようなお方ではありませんから。どうかご安心下さい。」


 サミアスが真剣な顔で言う。


「はい。申し訳ありません。そんなつもりではなかったのですが、かえってみなさんの誇りを傷つけることになってしまいました。」

「申し訳ないと思われるなら、思いっきり剣をふるって下さい。」


 サミアスがにっこりして答える。シークは腹を決めた。全力を出し切ってやるしかない。今はそれを求められている。実際に、今の自分がどこまでできるのか、知っておくのは重要である。そもそも、背中を怪我してから、本格的に戦っていない。

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