教訓、二十一。口は災いの元。 13
2025/07/20 改
その様子を見ていたバムスは、シークが勝ちに行こうとしていたわけではないと気がついた。ヌイを一人、気絶させたので、ここら辺で上手いこと負けようとしている。
剣術試合なのに、剣を一度も抜かずに終わるつもりのようだ。なぜ、彼がそんなことをしようとしているのか、バムスには分かった。第一、フォーリはグイニス王子の護衛である。第二にサミアスをはじめ四人のニピ族達は、バムスの護衛だ。第三に謎の組織がちょっと前に、シークの寝込みを襲ったばかり。
万が一、シークが剣を抜いたばかりに誰かが怪我をして、満足に護衛できなくなった時に襲撃でもされたら大変なので、わざと負けて終わるつもりなのである。
だが、それではグイニスの要求を満たさない。剣術試合が見たいのは、シークの剣の腕を見たいからだ。自分の護衛をしている親衛隊の隊長の腕が、ニピ族相手にどれほどなのかを知りたいからである。
そして、バムスもシェリアも、彼の剣の腕がどれほどなのか知りたい。親衛隊の隊長の剣術が、どれほどか知っておくことも重要である。それを見るためにわざと、そういう状況に追い込んだというのに、このままではせっかくのグイニス王子の画策も無駄になる。
バムスには王子が一生懸命考えて、こういう状況に持っていったと分かっていた。彼の場合は、一番にみんなの実力を把握して、どういう状況なら逃げるのがいいか、親衛隊を守るために知っておきたいのだろう。
それに、バムスも面白くない試合は見たくない。
「ちょっとお待ち下さい。」
バムスが立ち上がったので、審判係が試合を一時中断させる。
サミアス達四人が姿勢を正して、バムスを迎える。
少し離れて立っているシークの前に、バムスは立った。
「ヴァドサ殿。あなたは、このまま試合に負けるつもりですね。」
一瞬、ぎくっとした様子だったが、いえ、と首を振った。
「そういうつもりは、ありません。」
「そうですか?ヌイを気絶させたので、引くつもりだと思いました。フォーリは殿下の護衛ですし、後の者達も私の護衛ですので、剣を抜いて怪我をさせたらまずいと考え、一度も剣を抜かずに終わらせるつもりなのではないかと思いましてね。」
バムスの言葉に、ニピ族達が気色ばんだ。ニピ族達は、自分達の武術に誇りと自信を持っている。だから、怪我をさせたらまずい、と遠慮していることに腹を立てているのだ。
「そ…そんなつもりは、ありません。単純に剣を抜いたら不利だと思ったので、抜かないで戦っていただけです。」
目が泳いでいるので、そんなつもりだったのだろう。シークは正直な人なので、嘘が下手だ。
「そうでしょうか?確かに一対一ならそうかもしれませんが、一体多数の試合でしかも、相手はニピ族です。確かに鉄扇でしたたかに剣の横っ腹を叩かれたら、剣が刃こぼれしますし、下手をすれば折れます。
しかし、複数いる場合は、また勝手が違うと思いますが。何も鉄扇を剣で受ける必要はありませんし。ヴァドサ殿ならお分かりでしょう。間合いは長い方が有利です。ニピ族が本気の時は剣で踊りや舞をしますよ。つまり、ニピ族も剣の方が有利だと、分かっているからです。」
わざとバムスが逃げ道を塞ぐと、シークの表情が困ったようになった。
「……ですが、もし、私が剣を抜いて試合をして、万が一、彼らが怪我をしてしまっている時に、襲撃があって護衛できなかった場合、若様…殿下やレルスリ殿に危害が及び……! ます。」
やはり、そうだったのだ。“怪我をさせないように”負けるつもりだった。バムスが納得している横で、隣から不穏な空気が醸し出されたので、シークは失言に気づいて、苦い表情をしている。
ニピ族達が怒っていた。本日は非常に口による災いが多い。
ニピ族は誇り高い。自分達が最強だと思っている一方で、強い相手と戦うことも望んでいる。これは、と思う者がいれば、一戦交えたいのだ。
しかし、最強と呼ばれる者は大抵、ニピ族であることが多く、同士討ちを厳しく戒められているので、ニピ族達が強者と戦う好機はあまりない。だから、今回のようにニピ族ではない相手だと、彼らの血は騒ぎ、誰が最初に戦うかで揉めたのだ。
「ヴァドサ。つまり、お前は私達五人を目の前にして、それでも、怪我をさせたらいけないと、遠慮して戦っていたということか?」
フォーリに押し迫られ、シークが少し後ずさった。
「…そういうつもりではなかった。フォーリ、怒ったのなら、すまない。本当に万が一ということがある。思ってない時に、砂利が目に入って失明することもある。思わぬ事で死ぬこともある。だからだ。」
その時、フォーリはベリー医師が、シークがやたらと隊員達が一人で行動することを怖れているようだ、と言ったことを思い出した。フォーリには分かった。シークが自分の過失で誰かが怪我をした経験、そして、誰かを失った経験があるのだと。
それが、無意識のうちに彼の行動に制限をかけているのだ。こういう剣術試合に至るまで。
「…なるほど。分かった。でも、遠慮は無用だ。遠慮された方が、私達の誇りに傷がつく。それに、それはただの言い訳だ。いざという時に実力を出し切れない、お前自身のただの言い訳だ。そんなことに、私達が怪我をするかもしれない、とか使うな。こっちが迷惑だ。」
「な!」
フォーリの言葉に、さすがのシークも目を瞠り、怒りで拳を握った。今はわざと怒らせた。時に怒りは、無意識の制限を突破する力になる。だが、彼は忍耐強い。怒りも抑え込もうとするかもしれない。
「それに…若様に、お前は己の実力がどんなものか、示すつもりではなかったのか? それもちゃんと果たさないとは、どういうつもりだ?」
フォーリが若様を持ち出すと、シークはぐっと言葉を飲み込んだ。これで真面目な彼は、遠慮を捨てるだろう。剣を抜くはずだ。
「…分かった。」
シークが答えた所で、バムスが口を開いた。
「では、ヌイは気絶したので、四対一で再戦して下さい。」
シークに逃げ道はなかった。




