教訓、二十一。口は災いの元。 11
2025/07/18 改
次もシークの隊の変わり者だった。モナだ。ガーディが相手だと分かり、いきなり手を上げて言った。
「棄権します。」
「棄権ということは、ここで敗退が決まるということだが…?」
審判を務めていたノンプディ家の領主兵が、当惑した表情で確認した。
「そうですよ。つまり、これ以上、試合をしなくていいし、ニピ族相手に無駄な努力をしなくていいんで。それに、棄権した方が時間も節約できる。いいことばかりです。」
ガーディがぽかんとしている。
「…それでは、不戦勝…。」
「待った! 待って下さい。」
シークが待ったをかける。途端にモナは嫌な顔をした。
「スーガ、お前、また、怠けようとしているな。こういうことになると、お前は必ず理由をつけてやろうとしない。ちゃんと真面目にやれ…!」
「えぇ、隊長だって人のこと言えないじゃないですかー。雑草なんか振り回しちゃってさ。」
だらけた調子で言い訳をするので、シークの額に青筋が浮かんだ。全身から鬼のような怒りの気が立ち上って、思わずみんなで凝視する。今までシークが本気で怒っている所を、ほとんど…もしかしたら、一度も見たことがないからだ。
「私は真面目にしている。お前には茎なんかいらない。指一本で十分だ…!」
隊長の怒りの声に、モナは気づいて慌てて後ずさった。
「わ、分かりましたっ、やります!」
言いながら土煙が上がりそうなほどの速さで、器用に後ろ向きに進み、ガーディの向かいに立った。
「ヴァドサ隊長って…怒ったら物凄く怖いんだね。」
ひそひそと小さな声で、グイニスが感想を述べる。
「……どうやって勝ったらいいんだ。そもそも、俺…私って頭脳派だし、肉体派じゃないんだよなぁ。」
モナが大きな独り言を言った。
「隊長、すみませーん、ちなみにさっき、ニピ族の弱点とか何か分かりましたか?」
バムスは感心した。つい今し方怒らせた相手に堂々とそんなことを聞ける、神経の図太さに感心したのだ。しかも、怖いから自分も急いで言うことを聞いたはずなのに。シークが額に拳を当ててため息をついている。
「たとえ、分かっていたとしても、お前に教えない。お前はそのいい頭を生かして自分で何とかしろ…!」
さすがに教える気はないらしい。
「えー、そんなことを言わずに教えて下さい…!」
しつこくモナは食い下がった。ニピ族達を含めてみんなの視線がシークに突き刺さる。
「隊長ー、教えて下さいー!」
しつこいモナに、シークは険しい顔をしつつも、大きなため息をつくと、いきなり手信号で何か伝え始めた。モナも手信号で何かやり取りしている。
バムスは感心した。国王軍で定められている手信号だが、こんなに使いこなしている人達を初めて見た。手信号まで覚えている人達は少ない。戦線に配属されることが分かって、慌てて覚える者も多いくらいだ。バムスも一応覚えていたが、あまりの速さに読み取れなかった。
「ありがとうございます!」
モナは元気よく挨拶した。挨拶だけは調子がいい。
「遅くなりましたが、よろしくお願いしますっ!」
ガーディにもやたらと元気に挨拶する。
「それでは、はじめ…!」
審判係の領主兵が試合を始める。そして…その場に妙な空気が漂った。誰もがモナの行動に戸惑っていた。
「……一体、何を?」
ガーディが困惑の声を上げる。モナはしゃがみ込むと、いじけた子どもが地面に落書きしているみたいに、棒きれを拾って地面に何か描き始めた。
「おい…何をしている? 試合をしろ。」
審判の領主兵が妙な雰囲気のモナに催促する。
「してますよ。ほら、考えてるんです。まず、これが第一案。真ん中が第二案で、三番目が第三案で。」
「全部、○じゃないか。」
「ちがう。ちゃんと違いがあるんだよ。ほら、ちゃんと鉄扇を持ってるだろ。」
「…分かるか!? こんな下手くそな絵で!」
思わず審判が大きな声を上げる。すると、それでかえって興味がわいたのか、揉めている二人の元にガーディが歩み寄った。
バムスはその流れを黙って見ていたが、面白いことにシークが何も言わない。つまり、モナが何か考えて試合に臨んでいる、と認めていることになる。一体、どんな手を使うつもりなのか。それにしても、モナ・スーガはかなりの変わり者だ。
「一体、どうやって私に勝つと?」
「ちょうど良かった。やってみて下さいよ。事前に練習してみるから。」
「は?」
ガーディと審判が同時に顔を見合わせる。
「ほら、この第一案は、足を掬って、後ろにひっくり返してその隙に、首に剣を突きつけて勝つっていう案なんですけど、できるかどうかよく分からないから、ちょっとそこに寝そべってみて下さいっていうことです。」
「……。」
「無理なら、ちょっと一緒に検討してみて下さい。」
一向に動く気配がないので、仕方なくガーディは側にしゃがんだ。
「全部○じゃないですか。」
「ちがう! だから、これがあなたで、これが私で…ほら、ちゃんと鉄扇を持たせてあるでしょうが…!」
怒られたが、ガーディがどんなに目を凝らしてみても、○にしか見えない。
「…そうですか?」
「しょうがないな。もっと細い枝にしよう。あ、後ろにある。ちょっと、動かないで下さい。」
モナは言ってようやく立ち上がり、ガーディの後ろに回った途端、いきなりガーディの髪の毛をひっぱり、首に棒きれを突きつけた。
「はい、これで一応、勝ちじゃないですかー?」
「な!」
誰もが絶句した。一人、シークがやれやれとため息をついた。
「なんて卑怯な!」
「というか、あれはいいのか!?」
その場がざわめいた。
思わずバムスは吹き出した。誰もが思わない方法だった。だが、次の瞬間、「うわ!」という悲鳴の直後、モナはガーディに地面に組み伏せられていた。
「形勢逆転…でいいのだろうか。」
審判の領主兵が考え込んだ。
「形勢逆転でいいです。今の手法は実戦では通用しないし、ニピ族を相手に勝ったと思って油断したスーガが悪いので。」
シークの隊長判断で、ガーディの勝利となった。




