教訓、二十一。口は災いの元。 10
2025/07/17 改
その時、広場の方が騒がしくなっていることに気がついた。
「あれ、どうしたのかな? そういえば、さっきヴァドサ隊長が呼ばれて行ったけど。」
グイニス王子が疑問を口にする。
「おそらく、ヴァドサ隊長にはそんなつもりはないのでしょうが、相手が馬鹿にされたと思って、怒っているのです。」
黙って見ていたベリー医師が答えた。
「なぜ?」
グイニスの質問に、ベリー医師は笑った。
「剣を抜かないからですよ。」
「剣術試合なのに、剣を抜かないの?」
「ええ。ヴァドサ隊長はフォーリ達と戦わなくてはならないので、そのことの方に頭がいっているようです。剣を抜かなくても勝てるんでしょう。実際にそうなのでしょうが、いつもだったら、もう少し慎重だと思いますけどね。」
ベリー医師が指摘した通り、いつもの彼らしくないような気はした。
「なぜ、剣を抜かない…!?」
シェリアの領主兵が怒っている。
「剣を抜かないと失格という、決まりはない。どの剣術試合でも同じだ。必ず、剣を抜けという決まりはない。どの試合でもそうだ。」
シークの答えを聞いた所で、バムスは彼がニピ族達に勝つつもりなのだと気が付いた。だから、いつもの遠慮を捨てたのだ。
「…だからといって、戦う構えすらしないのか!」
領主兵は言い込められて、余計に腹を立てた。
「流派の違いだ。気にしないで欲しい。」
流派の違いだと言われて、領主兵は黙り込んだ。腹立たしげにシークを睨みつける。
「分かった。そんなに手に武器を持って欲しいのなら、何か持つ。ちょっと待ってくれ。」
シークはきょろきょろ辺りを見回すと、短刀を抜き、広場の脇に生えている少し固い茎の雑草を根元から切ると、葉を落とした。内心、バムスは余計に怒るだろうな、と思った。相手は怒るだろうが、シークの面白い技を見れるだろう。
「うん、結構固いな。」
シークは草の茎を掌に打ち付けて、具合を確かめている。
「お待たせした。どうぞ。」
シークは満足げに相手に向かって立つが、雑草の草一本を持たれて、相手はぽかんとした後、顔を真っ
赤にして怒った。
「…な、馬鹿にするな…! いいだろう、遠慮無くかかってやる!」
バムスの予想通り、相手はいきり立った。その時点でシークの勝ちだ。
領主兵は走ってかかって剣を突き出したが、突き出したかどうかという時点で剣が地面に落ちた。何が起きたのか、一瞬、分からずぽかんとする。その間に、首筋に茎が突きつけられた。ただ一点、頸動脈の上だ。
「…今の、何が起こったの?」
グイニスの問いにベリー医師が答える。
「手首の骨の上を茎で叩かれ、剣を取り落としたのです。その隙に頸動脈に茎を突きつけられた。ヴァドサ隊長の勝ちですね。」
「速くてよく分からなかった。」
「そうですね。彼は半歩剣を躱すために動いただけですし。」
ベリー医師の言葉にグイニスが目を丸くする。
「…半歩?半歩で敵の攻撃を躱せるの?」
「今、殿下がご覧になった通りです。極めれば、そういうことができるようになります。」
バムス達がそんな話をしている間に、試合は進んでいく。シークは次の試合も相手の額を一発叩いて勝った。しかし、まだ、やられてないとか言ったため、首筋を叩いて気絶させた。シェリアはそれを見て、やはり本当はそれくらい簡単にできるくせに、とこっそり思って笑う。
シークの隊員達はさすがに、ほとんどが勝ち残っていた。ニピ族と当たった者達が落伍した状態だ。
「…えー、隊長とやったら負けるに決まってるー。」
不満を言いながら、出てきたのはロルだ。親衛隊員が多く残っているので、どうしても親衛隊員同士で潰し合うことになる。
「隊長が勝つに決まってます…!」
ロルは子どもみたいに口を尖らせる。
「オスター、最初から諦めるな。どうにかして、勝つことを考えろ。戦場で退却できなかった場合、諦めたら一番に死ぬぞ。」
隊長の言うことは、もっともである。
「えー、だって、おれ…私は隊長に武術を一から教わったのに、勝てるわけないですよぉ。」
ロルはやる気が最初から全くない。シークは軽くため息をついた。なんて言うんだろうと、バムスは興味がわく。
「オスター。お前のいい所はまっすぐ打てることだ。お前は一度剣を持ったら、無心で前に出ることができる。自分のいい点を最大限に生かすことを考えろ。普段から私が教えていることを考えて、いつも通りにすればいい。」
シークの言葉にロルは、はたと考え込む。
「…分かりました。負けるとは思いますが、一応、やってみます。」
それだけで、ロルはやる気を見せた。ロルは剣を抜くと、しっかり前を見据えて構えた。一方でシークは普通にさっきから活躍している、だいぶくたびれて折れる寸前になっている草の茎を持っている。
「準備ができたらかかってこい。」
もう、まるでただの剣術の練習のようだ。
「…確かに彼が言うとおり、勝てそうな感じがしないね。」
グイニス王子がぽそっと漏らす。バムスは思わず笑いそうになって、堪えた。
「! やあぁ!」
ロルは気合いを入れてかかっていったが、ズザーッ!と派手に前にずっ転んだ。転んだ所をピシャッと首を叩かれる。その拍子に茎がとうとう折れた。
「そんな、足を引っかけなんて…!」
ロルは情けない声を上げた。
「……本当にただ、まっすぐ突っ込んでくるだけの奴があるか? いつも、言ってるだろう、戦術と戦略が大事だって。それに、これは試合でもあるんだから、駆け引きもあるんだからな。」
「えぇ、だって、隊長、いつも通りすればいいって。」
ロルの言い訳にシークはため息をついた。
「確かに言ったが、まっすぐ突っ込んでこいとは一言も言ってない。考えろと言ったはずだ。それに、まっすぐ突っ込んでくると分かってて、何の対策も取らずに、ただやられる馬鹿があるか。」
一応、試合のはずだが、完全に剣術の練習と化している。
バムスは感心した。ロルはよほどの田舎の出身らしい。一から鍛えてここまで成長させられる、シークの指導力に感心したのだ。
「お前はもっと、そういうことも勉強しないとな。」
「…はい。」
ロルが話すと、どんな言葉も呑気な言葉になるような気がした。はい、と言っているだけだが、どこか田舎の空気がにじみ出ている。ロルはシークに立たせて貰い、一礼をすると服を払って下がった。見学者からは完全に剣術指導だな、という雰囲気が出ている。




