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教訓、二十一。口は災いの元。 9

2025/07/17 改

「…ねえ、レルスリ、聞いてもいい?」


 バムスがことの成り行きを見守っていると、グイニス王子が聞いてきた。この可哀想な運命の王子には、悪いことをしたと思っているので、できるだけの埋め合わせをしてやりたいと思っている。


「何をですか、殿下。」

「…私にはヴァドサ隊長は、フォーリの舞を五回見ただけで、覚えてしまったように見えた。私は何度もフォーリの舞を見ているけれど、覚えられない。それなのに、なぜ、ヴァドサ隊長はそういうことが、苦手だと思っているのだろう?」


 グイニスの指摘はもっともであり、彼が急速に成長し、また、慧眼(けいがん)であることを示してもいた。本質をよく見抜いている。

 バムスにしてみれば、グイニス王子を鍛えておけば、仮にタルナスに何かあった場合、次なる王を準備しておけるという計算もある。虐待の後遺症がなくなれば、叔母のカルーラが心配するように、有能な王子に化けることは分かっていた。


「殿下。ヴァドサ殿の話をお聞きになりましたね?」


 グイニスは(うなず)いた。


「うん。でも、どうして? ヴァドサ隊長の父上は、なぜ、ちゃんと言わなかったのかな? 本当はよくできているんじゃなかったのかなあ。」


 バムスは王子の言葉に思わず微笑(ほほえ)んだ。全くその通りだ。ただ、バムスにはその答えが今の一連のことで分かっていた。


「殿下。私も殿下と全く同じ意見です。私も殿下が思われた通り、ヴァドサ殿は類い(まれ)なる才能の持ち主だと思います。しかし、人は弱いもの。おそらく、ヴァドサ殿の父上がそのようにされたのは、ヴァドサ殿の才を潰さないようにするためでしょう。


 あえて、息子に嫌われようとも、わざと厳しくされたのです。人は弱いものですから、己に才があると思えば、不遜(ふそん)になり傲慢(ごうまん)になります。そうなれば、せっかくの才も台無しになってしまう。それを避けるために、ヴァドサ殿の父上は、子守をさせ、道場にも行かせず、長老達に教えさせるという手段をとられたのでしょう。


 それが分かったので、ガーディにも何も言わせなかったのです。驚きのあまり、ヴァドサ殿の才能について口に出そうとしていましたから。


 ヴァドサ殿の父上が、息子に嫌われる覚悟でなさったことを、ここで私達が台無しにするわけにはいきません。私もヴァドサ殿の美点を無くしたくないのです。彼は(おご)らないで、私達とも公私混同せず、距離を保とうとします。もし、彼が己の才能に傲ってしまったら、せっかくの彼の美点が失われてしまう。それは嫌なのです。」


 バムスの説明にグイニス王子は頷いた。


「分かったよ、レルスリの言いたいこと。ヴァドサ隊長がみんなに対して、いつでも公平にしようとしているの、分かる。そこが無くなってしまったら、彼のいいところがなくなっちゃうっていう意味、分かるよ。

 でも、それは黙っているのは、嘘にならないの? 嘘はついちゃだめって、言われるよ。」


 グイニス王子は賢い子だ。


「殿下、確かに普通は嘘は良くないと言われます。しかし、時と場合によっては嘘は必要なことがあります。それに、黙っていることは嘘とは少し、違います。」

「でも、結局、本当のことを言わないんでしょ? 本当のことを言わないのなら、嘘ではないの?」


 グイニス王子の質問は鋭い。


「そう捕らえることもできるでしょう。ですが、殿下。これは悪いことでしょうか。

 例えば、今にも死にそうな老婦人がいるとします。戦争で息子は死にましたが、家族は隠しています。しかし、死ぬ前に一目会いたがっており、弱って目も見えなくなっているので、親戚の若者を連れてきて、息子が帰ってきたことにしました。

 老婦人は息子が帰ってきたと思い、喜んで涙を流し、心残りがなくなったと言って、穏やかに亡くなりました。この場合、家族は隠していた上に、嘘もつきました。悪いことでしょうか?」


 グイニスは首を傾げた。


「…うーん、よく分からない。」

「では、これはどうですか?十歳前後の兄弟がいたとします。弟は、兄が客人に貰ったおもちゃが欲しくて、兄がいない間に勝手に持ち出して遊びました。その上、兄がそのおもちゃで遊ばないように、隠しました。これは悪いことですか?」

「…悪いことだと思う。だって、本当はお兄さんが貰った物なのに、勝手に遊んだ上に隠したのは良くないと思う。お兄さんに、遊ばせて欲しいと頼めば良かったのに。」


 バムスは頷いた。


「それでは、これはどうでしょう。ある男性が、お金がなく食べ物を買えなかったので、他の人の鞄を奪い、財布を盗みました。悪いことですか?」

「悪いことだと思う。だって、お金がないからって、盗んだらいけないと思う。」

「二日も空腹で、子どももいました。それでも、悪いことですか?」


「…うん。だって、盗まれた方だって、今日一日分の食料を買うお金だったかもしれない。もしかしたら、やっと貯めたお金で借金を返すのかもしれない。その借金を返さないと、家を失うのかもしれない。お金持ちだからって、盗んでもいけないと思う。


 お金持ちは一回に支払う分が大きいって、前に読んだ物語に書いてあった。それを読んでなるほどって思ったことがある。一生懸命働いて、お金を貯めて借金を返して、お店を開こうとしていたら、あいつはお金を持っていると目をつけられて、盗まれるくだりがあった。


 お金持ちだから盗んでいいっていう話ではないって、その時、思ったの。だから、義賊ってもてはやされるけど、義賊の行為自体が偽善じゃないのかなって。」


 バムスの想像以上に、深く考えた答えが返ってきて、それは嬉しい意外だった。


「では、その人はどうしたら良かったのでしょう?」


 バムスは少し、難しい問いをしてみた。


「…たぶん、これが一番っていう答えはないと思う。でも、私だったら国の救済所に行くよ。貧しい人達やそういう人達のために、一時、助ける所だもん。」

「それも、一つの答えです。」


 バムスはそれ以上、難しいことを今は言うのをやめた。本当は国の救済所が機能していなかったら、という問いもしてみたかったが、今はせっかくの剣術試合が開かれている。楽しい気分に水を差してしまう。


「では、最初の老婦人の問いに戻りますが、殿下はどう思われますか?」


 グイニスは眉根を寄せて考え込んだ。


「…難しいけど、それはそれで良かったのかもしれない。それに、そのおばあさん、本当は分かってたんじゃないのかな。分かってたけど、家族の気持ちをくみ取って(だま)されたフリをしたんだと思う。本当はきっと、息子が死んでいたことも、分かっていたんじゃないのかなって思う。」


 はっとさせられる指摘だ。その老婦人の気持ちになれば、そうだったのかもしれない。


「そういう見方もできます。良い着眼点だと思います。」

「…なんとなく、分かったよ。人って、一筋縄でいかないもん。そんなつもりで言ったんじゃないのに、全然違う意味で受け止められることは、よくある。だから、あえて言わないとか、黙っていることもあるのは、分かる。ただ、なんとなく自分の気持ちがもやもやするだけで。」


 おそらく、叔母との関係がそうだから、そんな大人びた答えが出て来るのだろう。


「殿下、黙っているのも、たまに嘘をつくのも、先の老婦人のようなことの場合には、仕方ないことだと私は割り切っています。

 ただ、黙っているにしろ、嘘をつくにしろ、やるからには気取らせません。相手に嘘をついているとか、黙っていることがあると分からせません。それが、そういう手段に出る私自身の責任だと思うからです。」


 グイニスが(おどろ)いたようにバムスを振り返った。


「…どうやってするの?」


 王子の目は真剣だった。必ずその方法を自分のものにしたいという、欲求が見えた。


「簡単なことです。いつもと変わらない態度を取ることです。いつも違うと、おかしいと相手に気づかれます。慌てていたり、目をそらすなど、いつもと違えば勘づかれます。それとは逆に妙に落ち着いていたり、やたらと目をそらさず動かさないなど、とにかく、いつもと違うと気取られます。

 ですから、私はどんな時もいつもと変わらないように、同じ態度を取るように心がけます。それが、相手に気づかれず嘘をつくコツですし、黙っているコツです。」


 しばらく、じっとバムスを見つめて考えていたが、グイニスは口を開いた。


「簡単そうで、難しいと思う。」

「私はそのため、普段から少しゆっくり発言し、行動するようにしています。ですから、嘘をついたときも黙っているときも、同じ間隔で行います。」

「なるほど、それなら分かるよ。私もやってみようと思う。」


 誰に対してとは言わなかったが、おそらく、“叔母上”なのだろう。


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