教訓、二十一。口は災いの元。 8
2025/07/16 改
ニピ族達は五人で何かごしょごしょ話し合っていたが、やがて頷いてシークに向かい合った。
「分かった。私達が剣術の試合に参加する前に、お前に舞を見せてやる。その代わり、試合に必ず勝て。わざと負けたりするな。」
フォーリの言葉にシークは急いで頷いた。
「分かった。それに、試合のことについては、心配いらない。最初から負けることは考えていない。お前達と戦わなくてはならないから、体力を残すために、全部速攻で勝つしかないと考えていただけだ。」
それならいいと彼らが頷く一方で、他の領主兵達、特にバムスのよく練兵されている兵士達が眉根を寄せた。親衛隊だからといって、そう簡単にやられては領主であるバムスの名折れである。さらに、シェリアの領主兵達も、親衛隊と自分達の差がどれほどか気になっているので、速攻で勝つという言葉に反応していた。
シークは知らぬ間に、彼らのやる気にも火をつけていたのだった。
「では今からしてみせる。もし、質問があるならしていい。」
シークは驚いたが、よほど自信があるらしい。しかし、それはシークにとってはよかった。なんせ、フォーリが舞を舞っている時は、自分達も敵と斬り合っているので、ゆっくり見ている暇が無いのだ。
「分かった。ありがとう。」
シークが礼を言うと、フォーリは少し憮然としたような顔で前に出た。広場では領主兵達が試合をしているので、ここでするのだ。どうなるか様子を見つつ、若様の護衛をしているシークの部下達と、シェリアとバムスの領主兵達も場所を空ける。
フォーリが鉄扇を抜いて、広げた。緩急のついた動きで舞を舞う。本当に舞踏だ。知らない人は武術だと思わないだろう。鉄扇を閉じたり開いたりしながら、回転したり横に進んだり跳んだり、はねたり、完全に舞だったし、踊りとも言えた。
フォーリが鉄扇を閉じて、シークの前に立った。
「質問は?」
「ちょっと待ってくれ。」
シークは言いながら、フォーリの動きを思い浮かべていた。
「…一番確認したいのは、最初の方の舞で、左足を…。」
「待て。その前に確認したいが、私がいくつ舞を舞ったのか分かったのか?」
シークは早く疑問に思った箇所を質問したかったが、教えてくれるフォーリには素直に答えた。
「三つだろう? 最初はおそらく基本型の舞で、次に攻撃型の舞、最後は防御の舞じゃないのか?私が質問したいのは、一番最初の基本型の舞の部分だ。」
フォーリが眉根を寄せた。たぶん、いくつ舞を舞ったのか、普通は初めて見ただけでは、見抜けないからだろう。だが、シークには分かった。普段から自慢などしないけれど、少しだけ得意だと自慢なのが、相手の武術を何回か見ればおおよそ、どういうものか把握できる所だ。そこは少しだけ自慢だ。あんまり言いふらせば嫌味なので言わないが。
「…それで、どの部分だ?」
「左足を斜めに出した後、右足を横に移動し、右手を返しているが、腕の肘はどの高さに保つんだろうか?」
フォーリが一瞬、言葉に詰まった。
「平行だ。」
フォーリは答えた後、考え込んでからさらに言った。
「後、同じ舞を四回見せる。それで、質問はなしだ。」
さすがに肝の舞の詳細を教えたくないのだろう。
「分かった。それでいい。」
最初に言った五回分見せてくれるのは、ありがたかった。五回も見ていれば、どういう風に動いてくるかおおよその想像がつく。あれにさらに動きがついて、五人がかりなのだから不利には違いないが、まだましだ。
五回終わった所で、ニピ族達に囲まれた。
「それで、どうだった? 見切れたのか?」
(…まだ、そこにこだわっているのか!? ニピ族は結構、根に持つんだな。)
「…見きれるわけない。だが、全く知らないより、どう動いてくるのか予想はつく。」
ぐるりと囲まれているので、居心地が良くない。彼らはお互いに何か目配せをした。特にフォーリとサミアスがニピ語で何か短く話した後、ニヤリと笑った。なんだか、非常に良くない。シークは嫌な予感がした。
「舞を舞ってみろ。私が鉄扇を貸してやる。」
「は? …わ、私に舞を舞えと?」
フォーリが鉄扇を差し出しながら、ふむ、と大きく頷いた。
「…えー。私は…踊りとか苦手だ。」
思わずそんなことを言ってしまう。紛れもない本心だ。つい、本音が出てしまった。
「…は?」
今度はフォーリ達が不審そうな表情をする。
「お前、家ではどんな風に剣術を学んでいたんだ?」
どこから話すべきか、シークは少し考えた後、全部白状するしかないかと覚悟を決めた。
「ヴァドサ家では幼い子に、どういう風に教えるか聞いたことはあるか?」
「聞いたことはあります。三歳から六歳までの三年間、免許皆伝した者達や総領がひたすら剣術を見せるのでしょう?」
サミアスの答えにシークは頷いた。
「その通りです。私はなぜか…七歳の頃から父に良く思われておらず、八歳の時には子守をしているように言われ、九歳の時には道場にすら出て来なくていいと言われた。だから、八歳の時からずっと剣術は、長老や免許皆伝した兄弟子達に教えて貰っていた。
長老方も私には、あまり言葉をかけてはくれず、一つの型を毎日百回行い、次の日には別の型を百回、その次の日には別の型、というのを繰り返した。体に覚えさせよと言われて、柔術技もひたすら同じで、受け身をしたら攻撃で投げ飛ばし、受け身をしてと繰り返した。
なぜ、父は私に教えてくれないのか、ずっと疑問だったが、考えてみれば長老方がつきっきりで教えてくれるのだから、それもいいことだなと考えて以来、父があまり指導してくれなくても、気にならなくなった。」
こういう話はシークとて、あまりしたくなかった。やはり自尊心はある。物覚えが悪くて、できが悪いと言っているのと同じではないか。
「じゃ、やってみろ。」
「…結局、するのか!?」
何かごにょごにょニピ語で話したかと思うと、結局、同じ結論でシークは嫌々ながら、フォーリから鉄扇を受け取った。
仕方ない。シークは息を吸って集中した。できるだけ、フォーリがしていた通りに動く。なんとか、最後までできたはずだ。なんだか、試合の前にどっと疲れた。汗を拭いてフォーリに鉄扇を返した。
「…な、なんで…!」
バムスに仕えているニピ族の一人の、カーディが何か言いかけたが、向こうのバムスの視線を受けて言葉を飲み込んだ。サミアスも含めてフォーリも何か言いたげにシークを見たが、結局、何も言わなかった。
「…あー疲れた。やはり、踊りとかは苦手だ。一回では覚えられないし…。もう、いいか?」
早くこの落ち着かない状況から抜け出したい。シークと話をする間、いちいちニピ族達に取り囲まれるのだ。
「…そうだな。もういい。お前のことは分かった。」
フォーリに言われて、ようやく解放された。と思ったのもつかの間、試合の順番だと呼び出されたのだった。




