教訓、二十一。口は災いの元。 7
2025/07/16 改
「分かった、いいこと、思いついたよ…!」
その時、心配そうに大人達を見上げていた若様が声を上げた。シェリアは黙って成り行きを見守っている。
「若様、いいことですか?」
フォーリが若様には優しく尋ねる。
「うん…! だから、喧嘩しないで…! これだったら、ヴァドサ隊長も一回ですむよ。五人一度に一緒にしたらいいよ…!」
「!」
シークは思わず目を剥いた。ちょっと、待ってくれ…! と喉元まで声が出そうになった。
「…ご、五対一ですか!?」
聞き返す声が裏返りそうになる。ルムガ大陸一の猛者共を相手に、五対一で戦えと!?
「うん。だって、試合が進んでいったら、結局、ニピ族達五人とヴァドサ隊長が後に残るでしょう? だったら、一番、最後の試合だけ五対一でしたら、いいんじゃない?」
シークが言葉を失っている間に、ニピ族達はまんざらでもなさそうな表情を浮かべた。
「……ちょ、ちょっと……。」
「なるほど、若様、それはいい考えです。」
「私もそれはいい考えだと思います。」
以下同文。シークが何か言う前に、それを防ぐようにフォーリとサミアスが賛同したので、後はあなた次第だとバムスが面白そうにシークを振り返った。
(えぇぇ!そんな…!)
焦っているシークをよそに、バムスもシェリアも面白い余興を見ているかのように、楽しそうな表情を浮かべている。ニピ族達もらんらんと目を輝かせて、シークの答えを待っている。
(……こ、これは…絶対に後に引き下がれないな…。嫌だと言った途端、ニピ族達に殺されそうだ。)
「……やっぱり、だめ、ヴァドサ隊長?」
若様ががっかりした表情で聞いてきた。そんなにがっかりした表情をされると、胸が痛む。そんなにがっかりすることではないのに。この時、シークは焦っていたため、シェリアがシークの後ろから若様に、扇言葉で暗号を送っていることに気がつかなかった。
「……あのね…本当は心配なの。刺客がいっぱいくるし……。」
若様はもじもじしたが、意を決したように顔を上げて言った。
「やっぱり、ヴァドサ隊長は弱いの?」
「!」
投げ槍が獲物の鹿に突き刺さりでもしたかのように、ぐさっっと若様の言葉が突き刺さった。
(…あんなに命がけでお守りしたではないですか……。なぜ、弱いと…。)
森の中を抱えて一晩中駆け回ったのに、弱いと思っているらしいことに衝撃を覚えたが、いつも、最強の戦士ニピ族のフォーリがいるせいで、強弱の判断がつかないのだと気がついた。
そして、同時に無性に腹が立つ。そう思われていることに。そんなに弱いと思っているなら、証明しようではないか。勝てるかどうかは分からないが、やってやるしかない。というか、やってやる…!
「分かりました。若様。五対一でやります。しかし、一つだけ条件があります。私はニピの踊り…舞…どちらにしろ、ニピ族の手筋をよく見たことがありません。五対一でするののなら、事前に一度、ニピ族の手筋を確認させて下さい。」
シークの条件を聞いて、ニピ族達が顔を見合わせた。
「どうしますか?」
バムスが彼らに尋ねる。
「分かった。私が舞を見せる。どうせ、一回見たくらいで弱点を見抜けるわけもない。」
フォーリが頷いたので、シークはほっとした。せめて、これくらいして貰わないとこっちが不利すぎる。
「良かった、ありがたい。ちゃんと見たことがないから、ほとんど初めて見るも同然だし、一回で弱点なんて分からない。せめて、五回くらいは見ないと。」
「!」
ニピ族達五人がシークを凝視する中、シークはほっとして本心を言った。やると言ったからには、簡単に負けるわけにはいかない。相手がニピ族でも、簡単に負けるのは自分の誇りだけでなく、ヴァドサ家の名誉にも関わる。
そんなことを思っていたので、ニピ族達のやる気の火に油を注いだ状態になったとは、思いもしていなかった。
「…ヴァドサ、お前、今、何と言った?」
フォーリの声にシークは我に返った。ニピ族達五人を相手にするのだから、他の試合は速攻で勝たないと体力がもたないな、とか考えていたので、彼らの様子の異変に今頃になって気が付いた。
「? 一回見たくらいで弱点は分からない、と言ったはずだ。」
「その後だ。」
フォーリの顔がやたらと険しい。シークは思わず後ずさりそうになった。
「? いや、なんて言ったっけ? 五回は見ないと弱点なんて分からないと言った…と思う。」
シークの答えにニピ族達が全員で顔を見合わせ、黙り込んだ。みんな険しい表情をしている。なんか失言したらしいとは分かっても、何が原因なのか分からなかった。
「本当か?」
「何がだ?」
「五回見れば、弱点が分かるのか?」
シークは慌てた。
「そういう意味ではなく、それは五回見たから分かるという意味ではなくて、五回くらい見ればなんとなく弱点らしき所は見えてくるという意味で言っただけで、はっきり分かるわけではない…!」
大急ぎで否定する。ニピ族達はよほど、自分達の武術に自信があるのだ。数回見ただけでは弱点を気取られないと。五回だとか回数を口にしたのはまずかった。今度からもっと気をつけようと、シークは心に決めた。他の剣術流派の者が相手だと、最初から気をつけているが、つい、剣術ではないから、口を滑らせてしまった。
(やはり、見せるのは嫌だと言うか? 困ったな。見せて貰えないとかなり不利になる。)
シークはため息をつきたいのを何とか堪えたのだった。




