教訓、二十一。口は災いの元。 6
2025/07/15 改
シェリアのアリモ郊外の若様が療養している屋敷では、その日、急遽、武術大会がおこわなわれていた。
シークはといえば、シェリアの隣の部屋に移った日の夜に、何があったのか全く覚えていなかった。彼女が思った通り、夢だったとしか思っていないどころか、記憶にも留まっていなかった。
武術大会は、さっさと試合を進めるため、まずは領主兵から二人一組で十組同時に試合を行い、どんどん勝者と敗者を分けて、負けた者はさっさと任務に戻らせることにした。
兵士達も人間なのである程度は、お祭り気分を味わえた方がいいが、警備も疎かにできない。
五回も試合が終わると、百人の試合が終わったことになり、五十人が勝者として残ったことになる。
親衛隊はその辺から、試合に参加することになっていた。しかも、シークはフォーリ達と対戦することが決まっているのに、試合に参加させられることになった。
「私だけ、試合の数が増えて不公平です。」
思わずシークは申し出た。
「隊長だけ出ないんですかー?」
バムスに不公平だと言うと、部下達から不満の声が上がる。
「隊長も出て下さいよう。」
「出て欲しいでーす。」
「だが、私だけ試合の数が多すぎるだろう。ニピ族は全部で五人もいるんだぞ…! しかも、フォーリは舞の本家本元の一族で、強いことは分かっているし…!」
部下達が首を傾げた。
「舞? 踊りじゃないんですか?」
シークは口を滑らせたことに気が付いた。
「…ほう。さすが、ヴァドサ家は知っているのだな?」
フォーリの声がして、思わずぎくっとして、シークは振り返った。すると、バムスの隣にいるサミアスと、以下三人のニピ族達の様子が違っていた。
若様がバムスとシェリアの隣で、不思議そうにして様子を見守っている。
「…つまり、踊りの私達は弱いと思っている、ということですか?」
サミアスがずいっと一歩踏み出し、目をかっと見開いて言った。そんなこと一言も言ってないんですけど…!
「…い、いえ、そういうことではありません。そうではなくてですね…。」
サミアス達の怒りを静めようと、シークが必死になって言葉を探している横から、フォーリが口を挟んだ。
「いや、そういうことだ。」
思わずシークはフォーリを凝視した。きっと、顔の血の気も引いている。
(余計なことを言うな…!)
「!」
シークを間に挟み、フォーリとサミアスが睨み合った。サミアスの後ろには他に三人がいて、火花が激しく散っている。舞と踊りの仲が悪いのは本当の話らしい。とか、思っている場合ではなかった。ルムガ大陸一と言われる武術の達人達が、自分を挟んで喧嘩を始めようとしているのだ。
どうやって宥めようか必死にシークは考えたが、いい考えが浮かばない。
「考えてみれば、ヴァドサ殿に手合わせして頂くに当たって、五人もいれば、最後の人は必ず勝つに決まっています。最初の人が一番、本気で戦って貰えるのですから、これも不公平です。」
サミアスがそんなことを言い出した。
「確かに、それはそうです。」
フォーリは、それについては頷いた。
「くじで戦う順番を決めたらどうですか?」
「…くじか。だが、そちらは四人いる。私は一人。それこそ不公平です。」
「では、他に良い考えがありますか?」
「……それは。」
言いながら、また激しく睨み合う。
「私は一人しかいないので、私が最初に手合わせをして貰うべきです。そちらには、四人もいるのですから。」
フォーリが言うと、サミアスも譲らなかった。
「人数は関係ありません。私が最初にして貰います。人数が多い分、早く回さないと。」
人数関係ないんじゃないのか?
「みんな、喧嘩しないで…!」
突然、若様が大きな声を出した。今にも泣きそうになっている。フォーリとサミアスが、さすがにはっとした。少し離れるが、しかし、視線は睨み合ったままだ。
「若様、これは喧嘩ではありません。意見の相違を埋めるため、話し合いをしているのです。」
「そのとおりです。ですから、ご心配なさらないで下さい。」
フォーリは言って、サミアスも同調した。
(いや、喧嘩を始める一歩手前だろう…!)
その場にいる人々は思う。
「では、こうしましょう。」
バムスが間に入って発言した。
「ニピ族達も全員、試合に参加すること。ヴァドサ殿も試合に参加する。これで、公平です。」
「…ですが、旦那様。そうなると、結局、ヴァドサ殿と手合わせをする前に、私達ニピ族同士での戦いとなってしまいます。」
今までサミアスがバムスに、『ですが、』などと言っている所を見たことがなかった。バムスもそう思ったのか、一瞬、サミアスを見上げてから軽く笑った。
「お前達、よほど、ヴァドサ殿と対戦したいとみえる。」
バムスの一言で、サミアスは自分の失言に気がついて頭を下げた。
「申し訳ありません。」
バムスはシークを振り返った。
「どう致しましょうか、ヴァドサ殿。ニピ族達はよほど、あなたと対戦したいようですよ。やはり、先日の一件が彼らの血をざわつかせたのでしょう。」
先日の一件。つまり、寝込みを襲われた事件だ。なんてことだろう。ニピ族達にモテても困る。下手したら死ぬではないか。
「…しかし、どうと言われましても。」
シークが一番困る。結局、どうなろうが、ニピ族達五人と手合わせをしないといけない事に変わりはない。踊りと舞の違いはあるとはいえ、基本は同じだ。細かいことなんて、ニピ族にしか分からないだろう。




