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教訓、三。盗み聞きも任務のうち。 2

 次の日。とうとうセルゲス公と面会する日がやってきた。シークは眠れなかった、ということはなく、すっきりと目覚めた。

 隊員達を集合させてから、もう一度、注意をした。くどくど注意しても、ほとんど意味がないことを経験上学んでいた。

 だから、言うことはこれだけだ。


「いいか、セルゲス公にお会いしても、顔色一つ変えるな…!そして、面会が終わった後、ずっと、これから感想を決して口にするな…!命が惜しかったらこれに従え…!以上だ。」


 とりあえず、守らせるのはこの二点に(しぼ)った。後のことはこれからだ。


「はい…!」


 隊長のシークにつられてみんな、気合いの入った返事をした。

 カートン家の総本家に向かった。国王軍の兵士が、しかも親衛隊の兵士がぞろぞろ歩いているので、みんな何事かと振り返っている。国王軍の兵士の制服は、深い臙脂(えんじ)色で親衛隊の制服の色は深い藍色だ。一目瞭然(りょうぜん)で違いが分かるようになっている。


 昨日、ベリー医師から指示された場所から入り、指定の中庭で待機した。

 最初にベリー医師がやってきた。セルゲス公とフォーリをシークは探した。どうやら、こっちが来る前からいたようだ。中庭の茂みの向こうに東屋(あずまや)があり、そこで待っていたらしい。


 茂みの向こうからフォーリが立って歩いてきた。時々歩みを止めるので、おそらくセルゲス公は後ろに(かく)れているのだろう。生け垣をぐるりと周り、みんなの前に姿を現した。

 フォーリの姿に一瞬(いっしゅん)、隊員達が気圧(けお)されたのが気配で分かった。見た目からして、同性から見てもいい男なのだ。その上、強いというのも分かっている。ニピ族なのだから。


「若様、大丈夫ですか?」


 ベリー医師がしゃがんで、フォーリの後ろに隠れているセルゲス公…若様に(たず)ねている。何か小声で言ったらしい。ベリー医師は眉間に指を当てて考えた後、言った。


「…若様、みんなが若様を見るのは、変だからではありません。そうですね、きちんとして綺麗(きれい)だから見るんです。」


 また、何か小声で言っている。ベリー医師は(むずか)しい顔で考え込んだが、きっぱり言った。


「…若様。申し訳ありませんがね、あなたの叔母上は嘘つきなんです。嘘ばっかりつくのです。」

「!……。」


 シーク達親衛隊は一瞬、驚愕(きょうがく)のあまりに目を()いたが、なんとか黙っていた。


「嘘ですから、信じてはいけません。あなたの叔母上が言ったことは、思い出しても忘れて下さい。変でもおかしくもありませんから、自信を持って下さい。」


 どうやら、自分は変でおかしいから、大勢の前に出るのは恥ずかしいとか怖いとか、そんなことを言っているらしい。そう思い込ませようとする叔母の努力も(すご)いものだ。シークは呆れるを通り越して感心した。そこまで鬼になれるものなのかと。


「…ヴァドサ。」


 今まで黙っていたフォーリが突然、声をかけてきて、シークは内心かなりびっくりしたが何食わぬ顔で顔を上げた。


「…なんだ?」

「今日の国王軍の格好は正装だな?」

「もちろん、正装だ。」


 答えながらなんとなく、理解できたような気がした。


「着替えてくるか?」

「いや、構わない。」


 フォーリは言って、少しだけ後ろを振り返った。


「若様、今日、親衛隊配属の国王軍が若様に面会するため、正装で来るのは分かっていました。ですから、若様も正装なのです。王族と護衛に当たる国王軍の親衛隊が初めて顔を合わせます。礼儀として必要ですから、誰も文句は言えません。妃殿下の意向は気になさらなくていいのです。昨日、ヴァドサ隊長も話してくれた通り、国王軍は陛下の(めい)(たまわ)るもの。


 そして、若様も気にするお相手は妃殿下ではなく、叔父上でいらっしゃる陛下と、その後継者でいらっしゃるタルナス王太子殿下の意向を気になさればよいのです。」


 まとめて言えば、王妃の話は無視しろということだが、この場合、言いがかりをつけているのが王妃だと、国王軍であれば誰でも分かる話の内容だった。隣のベイルがびっくりしている。


「若様、まあ、あまり大きい声では言えませんがね、早い話、あなたの叔母上、つまり妃殿下の話は、無視して言うことを聞かなくていいということです。言うことを聞く相手は陛下お一人でいいんです。」


 ベリー医師がぶっちゃけて言ってしまっている。後ろの隊員達が(かす)かにえっと(おどろ)いた声を出した。それは…驚くだろう。だが、シークはそろそろ、ベリー医師の性格が読めた。どこか、なんとなくぼーっとしているように見えて、はっきりした性格だ。うっかり触れば切れる剣みたいなものだ。


「……ほ、本当?」


 あまりに驚いたためか、若様の声が少しだけ大きくなって、聞こえた。


「…じゃあ、叔母上がお怒りになって…この人達を殺したりしない?」


 心配している内容にシークは心を痛めると同時に、複雑な気分になった。よほど“叔母上”の怒りをかって何人も殺されるのを目にしたのだろう。そして、自分達が簡単にやられてしまうと思われているのは複雑だった。


「若様、そう簡単に殺されたりしません。それでは護衛になりませんから。」


 ベリー医師の説明にもなぜか、すぐには納得しなかった。


「…でも。…じゃあ、この間の人達はなんで死んだの?」


 ずっと少し困ったような表情をしていたフォーリと、ベリー医師の顔が一瞬だけ、強ばった。


(まずい、嘘がバレてる…。)


 シークも話を聞いた者としてハラハラした。


「きっと、この間の人達が死んだのは、叔母上が言ったことをちゃんと全部しなかったからだと思う。この間の人達はどうして死んだの?」

「若様、この間のことは夢です。」

「……ちがう。違うよ。だって、そのことを聞いたら、フォーリもベリー先生も困ったように(だま)る。…今だって、そうだもん。」


 シークは冷や水を浴びたような気分だった。見た目にとらわれてしまい、本当の姿が見えていなかった。セルゲス公…若様はかなり、洞察力が鋭い。(うそ)でごまかすのはかなり(むずか)しいと気が付いた。これは二人はかなり苦戦する。シークは手助けすることにした。


「若様。昨日、ご挨拶したヴァドサです。発言しても良いですか?」


 突然シークが発言したので、フォーリの向こう側でびっくりした様子だ。


(おどろ)かせてしまい、大変申し訳ありません。ですが、若様の今のご質問には親衛隊である私がお答えするのが、一番良いかと思われましたので。」


 少し待ってみるが、ベリー医師に何か言われても返事はなかったので、許可と受け取り続きを話す。


「お許し頂きありがとうございます。私共も前任の部隊について、話を聞いております。前任の者達が死なねばならなかったのは、規律を破ったからです。国王軍の規律は(きび)しいものです。陛下の命を賜り、動きます。


 私共は親衛隊として護衛の任につきますが、しかし、元来、軍とは戦う集団のことです。人の命を奪うことのできる集団です。ですから、勝手に誰かが命を下すことができないように、命令する順番はしっかり決められております。まずは国王陛下です。次に王太子殿下もしくは王妃殿下です。


 この場合は明らかに国王陛下の命を聞きます。陛下がご存命だからです。秩序をないがしろにしては、命令系統が混乱し誰が誰の命を聞けば良いのか、分からなくなります。


 ですから、前任者達は死なねばならなかったのです。陛下の命を無視して、妃殿下の言うことを聞こうとしたからです。」


 はっきりと大きな声で告げる。後ろの隊員達にも聞かせるためだ。さらにシークは腹をくくって続ける。


「先ほどからフォーリとベリー先生がお伝えしておりますように、若様が聞かれるべきお相手は陛下と、陛下の意向を受けて動かれる王太子殿下の、このお二人でよろしいかと存じます。」

「………し、親衛隊…国王軍の…親衛隊として、言ってるの?」


 若様の確認にシークは確信した。この子は決して馬鹿ではない。むしろ、その逆だ。国王軍の親衛隊の隊長として発言する重さ、その意味を知っているから確認したのだ。そして、虐待を受けたせいで上手く話せなくなっているだけ。


「はい。国王軍の親衛隊隊長として発言しております。そして、後悔は致しません。それが、正しいことだからです。」


 シークが明言すると、フォーリの後ろでもぞ、と動く気配がした。誰もが息を呑んで見守る。フォーリの陰から横歩きで出てきたが、やがて意を決したように前を向いた。うつむいていた顔を、ようやく上げる。


 昨日、面会していたシークでさえ、みとれそうになった。正装の若様はそれはそれは、なんとも言えないほどの美しさだった。愛らしさ、可愛らしさがある中に気品と高貴さが漂っている。その上、どこかふんわり、しっとりした焼き菓子のような雰囲気を併せ持っているなかに、なぜか色っぽさもあった。


「一同、敬礼…!」


 シークの声に隊員達がはっとする。


「初めておめにかかります、セルゲス公殿下。このたび、護衛の任につくこととなりました。どうかよろしくお願い申し上げます。」


 副隊長のベイルが代表で挨拶し、一同が敬礼する。


「……う、うん、よ…よろしく頼む。」


 なんとか言うと、ふう、と息を吐いて後ろに下がり、フォーリにつかまった。その行動がまだ幼い顔立ちで可愛らしいだけでなく、何か妖艶(ようえん)なものがあり、隊員達がごくっと唾を飲んだ気配がして、シークは頭が痛くなった。


「私は若様の護衛のフォーリだ。分かっていることと思うが、ニピ族は主にあだなす者は誰であろうと許さない。どんな人間であってもだ。」


 フォーリは言いながら、鉄扇を抜いてバッと開き、バシッと音を立てて閉じた。その行動と同時に殺気を放ってくる。


(…はあ、やっぱり見逃しちゃくれないか。もし、昨日、先手を打っておかなかったら今、危なかったな。)

 シークはほっとしつつ、どうしたもんかと考え込んだのだった。

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