密会
2025/07/15 改
その部屋の人々は、驚きのあまりしばらく誰も何も言えなかった。
「本当に…本当の話か?」
「嘘を言ってどうする?私だって、大丈夫だろうと思っていたが、念のためにノンプディ家の屋敷に侵入した。七人も手練れを送り込んだ。その上、事前に潜り込ませた侍女を使い、渡された香を焚いておいた。それなのに、六人を返り討ちにした。
七人目はしばらく気絶していたから生きていただけで、もし、少し急所から外れていなければ、即死していただろう。
仕方なく私があの男をを殺そうとしたが、セルゲス公の護衛が様子を見に来て、できなかった。ニピ族は勘が鋭い。あのまま部屋にいたら、私も見つかっただろう。」
「…おかしいのう。危険を承知であの香を使ったのに。あれを使うとカートン家の医師ならば、医学の知識がある者が関与しているとばれてしまうから、もう接触することのないように、確実に殺せるようにと思って使ったのに。
確かに極たまに覚醒する者がいるようであるが、口伝での記録だけで、カートン家では実際にその目で見たことがないからのう。普通は眠り込むはずなんじゃが。」
どこか芝居がかった口調の男が、不思議そうに言った。
「確かに眠り込んでいた。最初は仕事をしながらうたた寝をはじめ、意識が朦朧としながらも着替えて布団に入った。それでも、武器を…短刀を枕下に入れ、剣を抱えて眠っていたが、あれだけ意識が朦朧としていれば、確実に殺せるはずだった。
実際に首を絞めていたが、枕下に手を入れたまま、しばらくそのままの体勢で寝ていた。殺せるはずだったのに、なぜか目覚め、短刀を抜いて目の前の首を絞めている男の首を斬り、首を絞めている紐を切って、後ろの男は柔術技で投げ飛ばしてとどめを刺した。あの柔術技はやっかいだ。剣術と柔術技が入り交じり、どこでどういう風に動いてくるのか、想像がつかない。
まだ、若いくせに、まるで老人のように、卓越した老成さで動いてくる。やられるのが分かっているが、防ぐことができない。」
この男は大街道での事件で、指揮を執っていた男だった。放火した張本人である。
「なぜ、あんなに腕の立つ息子を、ヴァドサ・ビレスが十剣術交流試合にも出さないのか、不思議だ。もし、出していれば今頃、天才剣士として名が上がっていただろう。」
彼らは隠された事情を知らないので、不思議がった。イナーン家は裏家業で生きている。だから、自分達と同じように怪しい者には、一切の情報を流さなかった。しかし、シークの疑いを晴らそうとしているバムスには、全ての知っている情報を流したのだった。
「確か、ヴァドサ・ビレスも天才剣士として、若い頃から有名だったはずだ。その天才剣士からは、これといった剣士が生まれてこなかったので、みんな息子達はたいしたことはなかったと思っていたが…まさか、国王軍に入っている息子が、一番の天才だったとは。」
今まで黙っていた男が発言した。さっきの二人よりは若い男のようだった。
「とにかく、ニピ族並みに面倒な男だ。寝込みもうかうか襲えない。」
「…だが、言い訳は十分だ。こちらは金を払っている。その分の働きはして貰おうか。」
もう一人の男が発言した。この男は少し尊大な態度で椅子に座っている。
「そうだのう。先日の従兄弟達を使った濡れ衣もバムスの奴が、事件をつっついて色々と裏を明かしてしまった。全く、あの男は腹の立つ男よ。一緒に死んでしまえば良いと思ったが。ついでに、腹の底ではワシを馬鹿にしておる、シェリア・ノンプディも一緒に死んでしまえば良かったのに。火事で死ななかったのは残念だ。」
もう一人の男も言った。この男はふんぞり返って椅子に座っている。逆に疲れないかと思うほどだ。
「もう一度、最初に戻ればよいのではありませんか?」
別の男が発言した。偉そうな二人と少し雰囲気が違う。
「色々と状況は違いますが、結局、我々はヴァドサ・シークという男に恨みを持っている。本人もこんなに、裏で恨みを買っているとは思っていないでしょうが。」
「ヴァドサ家は昔から、愚かなのか何なのか、正義感がやたらと強い。賄賂で買収できない。そして、なぜか王族はそんな馬鹿正直を気に入る。」
「なぜか、今回も気に入られましたな。」
別の男二人も会話に参加した。
「それで、最初に戻るとは?」
「私達は最初、身内のいざこざを利用して、不名誉な罪を着せようとしました。」
一同は頷いた。
「もう一回、この手で行きましょう。ヴァドサ家は名誉を重んじる、正義感の強い馬鹿正直者達。ならば、この手を使わない手はない。馬鹿正直に自ら死に至るようにしましょう。」
男は言うと、後ろに控えている使用人に合図をした。使用人は無造作に枯れ草が入った紙袋を、芝居がかった口調で話す男に差し出した。
「実は先日、倉の掃除をしていたら、そんな物が大量に出てきまして。使用禁止になったので、大量に在庫になって放置されていたのです。」
芝居がかった口調で話す男は、紙袋を受け取ると中の枯れ草を取り出して匂いを嗅いで調べ、端をかじって吐き出してから笑い出した。
「なんとまあ、こんな物を。久しぶりにこんな物を見た。しかし、これを使おうとは…実に嫌らしいのう。」
すると、枯れ草を渡した男は笑った。
「お互い様でしょう。みなで寄ってたかって、真面目に任務しか行っていない正しい男を嵌めようと、悪知恵を絞っているのですから。」
「ははは、確かにそうですな。」
男達は笑った。
「正しすぎれば、恨みを買うもの。もし、成功すればヴァドサ家の名誉は地に落ちる。」
「一気に力を失うはずだ。」
「上手くすれば、セルゲス公も同時に嵌められるはずじゃ。かわゆい子じゃからのう。それにしても、これを使うならば、使う相手の健康状態を知る必要がある。特に目方がどれほどか知る必要があるのう。」
「…目方。体重が重要なのか?」
「もちろん。薬の効能を最大限に引き出すには、必要な情報じゃ。できれば、私自身が行って確認できればいいが。」
「まあ、考えておこう。方法ならあるだろう。」
「これなら、上手くいくかもしれんな。」
薄暗い部屋の中で、陰湿に男達は笑う。彼らは全員、ある物を身につけていた。それは、真っ黒の帽子と真っ黒の覆面。
そう、黒帽子という謎の組織の密会だった。




