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教訓、二十一。口は災いの元。 4

2025/07/11 改

「まあ、ヴァドサ殿、上手くお話が伝わっておりませんでしたのね。」


 部屋ではシェリアが待っていた。


「あのね、私が言ったはずだったんだけど、ちゃんと言えてなかったみたい。」


 若様が悪いかのようになってしまっているので、フォーリが(にら)んできた。


「…いいえ、私が忘れていただけです。」


 半分心の中で泣きそうになりながら、シークは答えた。


「まあ、そうなんですの。」

「あのね、ノンプディ…。」

「あぁ、そうですわ、殿下。これをどうぞ。」


 口を開きかけた若様に、シェリアが机の上に乗せていた包みを取り上げて渡した。


「…これは何?」

「本ですわ。都で流行っております物語ですの。面白いお話ですわ。挿絵も綺麗(きれい)なんですのよ。」


(…口封じだ…! なんて用意周到な。)


 思わずシークはシェリアを凝視(ぎょうし)した。若様にはベイルが頼んだ件を言ってくれるのを期待した。本当はそんなことをされるのは、少し心苦しいが助かるのは事実だった。


「本当? ありがとう、ノンプディ。」


 若様はにっこりして礼を言う。


「それでね、ノンプディ……。」


 若様は言葉が止まってしまった。ふんわりとシェリアが若様を抱きしめたからだ。若様は動揺し、戸惑って固まってしまっている。


「…まだ、怖いですか?」

「…う、ううん。の…ノンプディは、そんなに怖くなくなったよ。でも…誰かにそうされると、勝手に緊張しちゃうの…。」

「そうですか。無理はなさらないで、嫌ならそう言って下さいまし。でも、わたくしはとても嬉しゅうございます。殿下がこうして、わたくしは怖くないと仰って下さっておりますから。」


 相手の弱点を知り尽くし、しかも、そうとは気取らせないで利用している。フォーリは気づいているだろうが、黙っていた。下手に口を挟むと、善意をけなしているようにしか見えないだろう。


「う…うん。」


 結局、若様はその後、何も言えずに帰って行った。もしかしたら、動揺して言うのを忘れてしまったのかもしれない。唯一の希望が消えてしまったが、しかし、そんなことに助けを求めようとしたから、機会が得られなかったのだ。


 シェリアが二人っきりになった部屋で、振り返った。


「…本当に忘れていたのですか?」


 少し責めるように聞いてくる。


「…はい。」


 そう答えるしかない。シェリアの眉根がぎゅっと寄せられた。


「ひどいお方ですわ。わたくし、本当に心配しているのです。ほら、ご覧下さいまし。」


 シェリアは言って、窓を開けた。見た瞬間、シークは絶句した。


「これなら、外から侵入することなどできません。安心でしょう?」

「これは…?」


 聞かなくても分かっていたが、つい、聞いてしまった。優美な(つた)形の鉄格子がしっかりはまっている。どんなに優美な形でも鉄格子は鉄格子だ。


「まあ、見ての通り鉄格子ですわ。全ての窓にはまっておりますの。」


 シェリアはにっこりして宣う。


「扉も一度閉めたら、外から開けることはできません。」


 すでに扉は閉まっている。つまり、中で何かあっても、外に助けを求めることができないということだ。


「特別な鍵がないと、内からも開かない仕組みですわ。鍵はわたくしが持っています。外から侵入することは、ほぼ不可能です。」


 呆然としていたが、外から侵入できないということは、内からも逃げることができないということでもあった。


「…申し訳ありませんが、仮に火事などで逃げなくてはならない場合、逃げ道はありますか?隊長の私がもたもたする訳にはいきません。」


 シークが思わず尋ねると、シェリアはにっこりした。


「わたくしの部屋から逃げられますわ。図面には載せていない、秘密の通路がありますの。そこから逃げれば問題ありません。」

「……ええと、つまり、この部屋はノンプディ殿の部屋と(つな)がっていると?」


 おそるおそるシークが尋ねると、シェリアはなぜか少女のように(ほお)を膨らませた。


「まあ…名前で呼んで下さいまし。二人きりなのですわ。」


 全身に何か変な汗をかいていた。


「そうして下さらないと、お答え致しません。」


 今のは答えて貰わなくてもいい質問だったので、シークはどうするべきか考えあぐねて黙って立っていた。彼女の話からして繋がっているのだから、答えは分かっている。ただ、確認したかっただけだ。


「もう。本当に真面目なお方。いいですわ。どうぞ、おやすみなさいまし。」


 シェリアはなぜか、いらついたように言うと、くるりと向きを変えて部屋の奥に行って一つの扉を開けて、入っていった。きっとそっちが、彼女の部屋だ。


 ようやくシェリアが行ってしまったので、シークは息を大きく吐いた。どちらにしろ、彼女がいない間にさっさと眠ってしまおう。そうすれば、彼女もそこまで何か言ってきたりしないだろう。彼女自身休めと言ったのだし、とシークは考えた。それに、本当に火事などで危険になった場合、彼女がすぐに教えてくれるだろう。


 どうせ、部屋も出れないので、持ってきた寝間着にさっさと着替えると、枕元に灯りを一つだけ残し、いつものように短刀を枕の下に入れ、剣を抱えて布団に横になった。

 昨日、寝込みを(おそ)われたはずだったが、シークはじきに眠ったのだった。


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