教訓、二十一。口は災いの元。 3
2025/07/11 改
「……えーと、聞かなかったことにできないだろうか……。」
思わず本心が出ると、ベイルが引きつった顔を上げた。
「…隊長。隊長が来なかった場合……。」
「……ま、まさか、誰かの指を切られるのか!?」
さすがに若様にも言われたのだから、もうしないだろうと思っていたのに。甘かったか…!
「…いいえ。はっきりとこう言われました。もし、隊長が来なかったら、誰かが身代わりになれと。そして、身代わりが三回続いた場合、親衛隊を代えるように陛下にご報告するそうです。
その上、身代わりがノンプディ殿を満足させられなかった場合、即座に陛下に親衛隊の交代を伝えるそうです。しかも、ただ親衛隊を辞するだけでなく、国王軍も除隊しろと。嫌だと言っても、そうなるように仕向けることは朝飯前だと仰っていました。」
実質「お前が来い。」という命令も同然だ。ベイルの言葉にその場の空気が固まった。指よりも悪いような気がするのは、気のせいだろうか。
「……隊長。」
ベイルはまるで最前線の戦地で、しかも激戦の真っ最中に一人、出て行かなくてはならない状況であるかのような悲壮感を漂わせて、頭を下げた。
「隊長、申し訳ありません…! 私達では、ノンプディ殿を満足させられる自信は全くありません…。ですから、お願いします、行って下さい!そして、私達を助けて下さい…! そうでないと、全員、不名誉な除隊を余儀なくされて……。」
一体、何を言われたのか、ベイルの顔は蒼白だった。
「…副隊長…! やはり……!」
ロモルがやたらと動揺した声を上げた。まるで、これから援軍なしの籠城戦でも、しなくてはならないかのような悲壮感だ。
シークが言葉を失っていると、廊下を走る足音が聞こえてきた。
「副隊長…!」
いきなり、扉を開けて入ってきたのは、ウィットだ。
「あ、隊長、良かった…! ノンプディが…殿が、呼んでます。」
実に口から何でも垂れ流す隊員を選んで、使者として送ってきたに違いない。
「なんでも、身代わりを使った場合、満足できなかったら、男じゃ無い状態で除隊させるって言ってます。若様には隊長を隣に寝せていい許可を取ってあるから、心配いらないって。なんか、無茶苦茶言いやがって、あの女…ふご。ふごふご、ふごふごご、ふぉごふごっふご!」
それ以上はロモルに口を塞がれたが、塞がれても最後までフゴフゴ何か言っていた。それを聞いたシークは青ざめたが、なんとなく若様が何か風呂場で言っていたような気がしてきた。
「……隊長、俺達からもお願いします。」
青ざめたみんなが立ち上がって頭を下げた。
「私達は…まだ、男じゃなくなりたくないです。」
なんか、ややこしいことを言っている。しかも、まだも何も、ずっとじゃないのか。途中で性別が変わってもいいのだろうか。その場にいた全員の重い雰囲気に、シークはたじろいだ。
「…隊長、お願いします。」
部屋を出た後、どこかに逃げようか。シークがそんなことを考えていると、ぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。ウィットが入った後、扉は開きっぱなしだった。
「…ここかな。あ、ヴァドサ隊長。」
若様だった。後ろからフォーリが苦虫を噛みつぶしたような顔でついてきている。
「ノンプディがね、呼んでるよ。ヴァドサ隊長、ごめんなさい、ノンプディが寝込みをまた襲われたら大変だからって言うから、隣の部屋にしていいよって言っちゃった。でも、毎日、ノンプディが遊びに行ったら、ちゃんと仕事ができなくなるかもしれないって、後でフォーリに注意されたの。」
遊びって…。若様の想像する遊びじゃないはずだ…。
「あのね、他の人に言ってる声が聞こえたの。男じゃなくなるようにするって、どういう意味? どうやって、男の人を女の人にするの? ベリー先生に聞いたら、そんな方法はありませんって言うけど、どういうことかなあ?」
思わず若様とフォーリを凝視したが、フォーリは目をそらした。無邪気に聞いてくるがどう答えたらいいのだろう。しかも、若様を使って脅してきたのだ。
「それでね、その後、ベリー先生にノンプディからの使いが何か言ってて、ベリー先生がそれじゃあ…ふご。」
その後はフォーリによって口を塞がれたため、若様は何も言えなくなった。
「……ヴァドサ。行くしかないな。」
呆然としているシークに、フォーリは気の毒そうな表情を浮かべた。まるで、敵地に一人で潜入しなくてはならないかのように、気の毒そうな顔をしている。
「ね、一緒に行ってあげる。それで、あんまり遊びに行かないようにノンプディに言うね。」
申し訳ないと思った若様が、よく意味を分からないで言ってくれるのが、かえって痛かった。若様に言われたら行くしかない。
「はい、若様。しかし、若様の手を…いてっ!」
手を患わせるわけにはいきません、と言おうとしたシークは臑をロモルに蹴られた。あまりの痛みに涙が出てきそうだ。
「若様、どうか、あんまり隊長の部屋に遊びに行かないように、ノンプディ殿にぜひ、お伝え下さい。本当にお願い致します。」
シークが痛みに悶絶している間に、ベイルが頼んでいる。
「うん、分かった。でも、泣いていたら上手く伝えられないかもしれない。昼間は泣いていたの。」
別のことで彼女は泣いていたのだが、泣き落としにかかりそうな印象で、実際に彼女ならそうできそうだった。
ようやく痛みが治まったシークが立ち上がると、ウィットが言った。
「なんか、家畜を虎やなんかに食われないように、一頭生け贄用の家畜や捕らえた鹿を、村の近くの森に置いておくような感じだな。うん。まるで、生け贄だな。」
「……。」
(う!……私は生け贄か…。)
ウィットの言葉は、深々とシークの胸に突き刺さった。あまりにそのままで、誰も何も言えなかった。
仕方なく、シェリアの寝室の隣の部屋に行ったのだった。




