教訓、二十一。口は災いの元。 2
2025/07/10 改
結局、シェリアの領主軍で屋敷の警備担当の者意外、全員が参加する運びとなった。最初は警備の者も含めて試合に参加させようとしていたが、交代に時間がかかったりするので問題があり、警備担当は外すことになったのだった。
シークは、夕飯の時も、試合する場所は外の広場でどこに若様に座って貰い、どのように警備するか考え続けていた。自分がニピ族達と試合しないといけないということは、すっかり忘れていたし、今夜からシェリアの隣の部屋が自分の寝室にされたということも、すっかり忘れていたというか、頭の中に留まっていなかった。
明日になる前に、少し広場を確認しておこう、シークは夕飯を食べたら外の広場を確認することにした。昨晩、自分が寝込みを襲われたのが嘘のように、遠い昔に起きた出来事のように思えた。
(よし、後で何人かと外回りを確認しておこう。明日は試合の運びと試合をしていない間、どのように警備をするかを考えないとだな。)
そもそも、謎の組織がやってきた直後に試合を決行するというのも、腹が据わっているというか無謀のような気もする。普通は慎重になるものだ。やろうというのが、バムスもシェリアもただ者ではないことを示していた。
おそらく試合をすることで、逆に謎の組織の者達に圧力をかけるつもりなのだろう。我々はこれだけの実力を備えている。それでも、お前達はこれ以上、何か仕掛けてくるつもりなのか、ということなのだろう。
食後も淡々と仕事を行い、事務作業もベイルの部屋を借りて行った。
やがて、夜休む時間になった。
ようやく、シークは自分がどこで休むのか部屋がないことに気が付いた。
(そういえば、私はどこで休めばいいんだろう?)
そんなことを思ったが、夜番の隊員の空いている寝台で寝ればいいと思いついた。だから、当然、隊員達の部屋に行ったので、隊員達の方が驚いた。
「…隊長、どうしてここに来たんですか?」
顔を見合わせて、とりあえずロモルが尋ねた。
「どうしてって、寝るためだ。空いている所を借りようと。どうせ、夜番だからいいだろう?」
「でも、隊長、俺達、臭いですよ? 男臭い匂いがつくんじゃないですか?」
一体、何を言わんとしているのか、ジラーの言葉に首を捻った。
「何を今さら言ってる? いつも一緒にいるだろう。何が言いたい?」
「……隊長、まさか、聞いていませんか?」
ロモルが恐る恐る聞いてきた。
「何をだ?」
ロモルが寝る部屋のことを言おうとした矢先、ロモルが言おうとしたことを勘違いしたロルが口を挟んだ。
「あ、隊長、隊長はフォーリやレルスリ殿のニピ族達と対戦するそうですよ。」
すっかり忘れていたシークは、はっとして右拳を額に当ててため息をついた。
「! あー、すっかり忘れてた。」
「やっぱり、そうでしたね…!」
ロルは呑気に言っていたが、周りに違うだろうが!という目線で見られて、押し黙った。
「…あれ、違うの?」
「違うだろ…。」
ひそひそとロルは隣のダロスに聞いて、ダメだしされている。
「…一体、何の話だ?」
ニピ族達と手合わせしないといけないという、重荷を思い出した衝撃から立ち直ったシークは、やはり隊員達の雰囲気がおかしいので、首を捻る。
「なんか変だな…。何を隠してる? まあ、いいや、早く寝ろ。」
隊長がいれば呑気に無駄話すらできないので、隊員達もいささか迷惑そうだが、仕方ない。
その時、コンコンと扉が叩かれて、ベイルがやってきた。
「……隊長、やっぱり、ここにいたんですね。聞いてなかったんですか?」
やたらとベイルの様子が暗いし、機嫌が悪そうだった。
「何をだ? さっきから、みんな様子が変だ。聞いてもはっきり答えないし。」
シークの言葉を聞いた途端、ベイルがはぁぁぁと、長いため息をついた。体の中から何か悪いものが出て行ったんじゃないだろうか、という感じがするほどのため息だった。いや、悪いものではなくて、魂か? 思わずベイルを凝視する。
「…どうした? 何か私が悪いことをしたか? それとも、何か忘れてるか?」
何か忘れていただろうかと、慌てて考え始めるがさっぱり思い出せない。
「…隊長、そもそも聞いてます? 部屋のことを。」
ベイルの代わりにロモルが聞いた。
「部屋? 私の寝室のことか? いや、聞いてない。さすがにあの部屋に戻って寝るわけにはいかないだろうし。」
若様とフォーリが言わないわけないだろうな、とベイルとロモルは思ったので、隊長のシークが、はじめに言われた模擬戦に気を取られて、後を忘れたのだろうと思った。
「……隊長。ノンプディ殿がお呼びです。なぜ、用意した部屋に来ないのかと。」
ベイルのどんよりした声に、空気がピシッとひび割れたような気がした。




