教訓、二十一。口は災いの元。 1
2025/07/10 改
模擬戦をすることになったと聞いて、シークは頭を抱えた。急にそんな準備はできない。これは、早急にシェリアに無理だと伝えに行かなければと、思っていた矢先、バムスに呼び出された。
「大変なことになりましたね。模擬戦は無理でしょう。私からシェリア殿にお伝えしました。」
それを聞いて、シークは全身から脱力しそうなほど、安堵した。
「それにしても、よくご無事でした。私もあなたの部屋を確認しましたが、久しぶりに凄惨な場面を見ました。」
「レルスリ殿もご覧になったんですか?」
「ええ。親衛隊の隊長が寝込みを襲われたんです。しかし、よくそんな無謀な計画を実行しようと考えますね、その黒帽子という組織は。」
シークはバムスの発言に、かなり驚いた。
「…黒帽子という謎の組織だとお考えなんですか?」
「証拠は何もありません。他の場所では名前すら出さない方が無難でしょう。ですが、私はおそらく状況からして、そうではないかと推測しています。
シェリア殿の領主兵だけでなく、私の兵士達もいてニピ族もいるというのに。よほど自信があったのでしょう。そして、その自信のとおり、ヴァドサ殿の寝室に刺客を送り込むことに成功した。しかし、彼らもあなたに刺客のほとんどを返り討ちにされるとは、想定していなかったでしょう。びっくりしました。」
びっくりされても、シーク自身が一番びっくりしている。
「……そう言われましても、私自身、驚いています。よく、死ななかったと自分で部屋を確認して思いました。」
シークが言うと、バムスに笑われた。
「そうですか。さすがのフォーリも驚いたようですよ。私の所に教えに来てくれた時、珍しく動揺していたので。結構、あなたのことを頼りにしているようです。」
「…そうなんでしょうか。」
シークは少しは信用して貰えるようになってきたかな、とは思っているが、そこまで頼りにされているとは思っていない。
「ええ。それで、シェリア殿には、模擬戦は無理ですが、総当たり戦で御前試合のような形式でなら、できると伝えました。」
(えぇぇ!なんですと!)
大事な話なのに、なぜ、自分抜きで話が進められてしまうのだろう。内心、シークは心の中で叫んだ。
「何日かはかかるかもしれませんが、それなら少しずつ進められますし、他の任務にも差し障りが少ないでしょう。交代でしていけばいいですから。最初の方は自分の順番の時だけ試合をして、最後の方だけみんなで観戦するということでどうでしょう?」
さっき、風呂に入ったばかりなのに、なんか変な汗をかいた。
「…えーっと。」
思わず答えあぐねていると、とうとうバムスが吹き出した。隣のサミアスも拳を口元に当てて笑いを噛み堪えている。
「…く、くくく。…い…や、失礼。」
そう言いながらしばらく、バムスは肩を揺らして笑っている。相当、おかしいようだ。
「……いや、失礼しました。別に馬鹿にしているわけではないんです。ただ、あんまりにも仰天して言いあぐねている様子が、おかしくなってしまいまして。」
「…はあ。」
思わずそんな言葉を出してしまってから、最近、バムスの前でぞんざいな態度を取っているような気がして、はっと気を引きしめた。
(いかん、いかん。どんな人にもきちんと対応しなくては。)
「…とにかく、その、御前試合のようにというのは、結局もう、そのように決定されたということでしょうか?」
バムスはまだおかしそうだったが、頷いた。
「まあ…そうですね。なんせ、殿下があなた方の実力がどの程度なのか、把握されたいということのようなので。シェリア殿のお話によると、純粋に剣術の腕が立つのか疑問に思ったようだということでした。」
なんだか…物凄く微妙な気分だ。強いのかどうか分からないと思われていることに。そう言えば、若様は最初から、“叔母上”にみんなが殺されないか心配していた。他の王族ならば、実力がいかほどなのか、見てやろうということなんだなと受け止めるが、若様の場合は違う。純粋に心配しているのだ。みんなが“叔母上”の刺客に殺されないかを。
「…そうですか。それで、明後日から試合をするということなんですか?」
「そうです。」
なんて急なことだろう。少し練習する時間すらないなんて。明日、何かしたって、どうせ無駄である。ちょっと動きを確認したりするぐらいだ。慌てて何かしようとしても、怪我をするだけである。
ずっとシークの顔をおかしそうに見ているバムスと、その試合の進め方を話し合った。警備の問題などがあるからだ。それが終わって、ようやくシークは隊員達に伝えに戻った。
「明後日から、急に剣術試合をすることになったんだが…。」
シークは言いながら、隊員達の雰囲気が妙なことに気がついた。試合の方に気を取られ、もう一つの話はすっかり忘れていたのだ。しかし、隊員達は急に催されることになった剣術試合よりも、隊長の事の方が気になっていた。
「みんな、どうした?」
シークが聞いても、みんな顔を見合わせるばかりだ。
「あのう…!」
その時、ベイルと一緒に若様の護衛についているはずの、ピオンダ・リセブというサリカン人の隊員が呼びに来た。
「あ、隊長、良かった。レルスリ殿がお呼びです。明後日の剣術試合のことで、変更があるそうです。」
「変更?」
「はい…。若様が最初からみんなの試合を見たいと言われて、変更に。剣術試合を見たことがないので、見たいそうです。」
シークは大きな剣術試合に出場したことはないが、見たことはある。厳格な父も剣術試合には連れて行ってくれた。特に十剣術交流試合は、軍に入る前までは必ず見るように言われていた。
試合は家が剣術道場なので、何度もしたことがあるし、軍に入っても試合はついて回ったから、珍しいものではなかった。
だから、若様が見たことがないから、見たいのだということに、少なからず驚いていた。若様は十歳の頃から一年半幽閉され、その後もそれどころではなかった。ようやく、そういうことにも興味を持ち始める余裕が、できてきたのだろう。
「そんな剣術試合なんて、御前試合とかの方が面白いと思うんですけど。」
ピオンダが不思議そうに言った。
「急にだもん、せめて数日でも後の方がより準備ができるのに。」
ジラーもそんなことを言っている。シークも同じ気持ちだが、シェリアとバムスが決行しようというのは、それだけではない。彼らも急ごしらえの試合より、準備期間があった方が、いい試合になることくらい分かっているはずだ。
「みんな、聞いてくれ。確かに急なことだ。私も準備期間が欲しいと思った。でも、若様のただの我がままではないということは、覚えておいてくれ。若様は十歳の時から幽閉され、その後もそんなことに、興味を持っていられるような状況ではなかった。命の危険もある上に、若様ご自身の状況も整っておられなかった。
だから、急に剣術試合を見たいと思うようになった、ということはそれだけ、若様が落ち着いて、いろんなことに興味を持たれるようになってこられた、ということだ。最初に言っておいたはずだ。王子かどうかという以前に、一人の孤児のために行動して欲しいと。」
みんな、そうか、という納得した表情を浮かべた。大体、若様はあまり我がままを言わない。何かしたい、ということ事態が珍しいことだ。
「私は行ってくるが、お前達は急に何か初めても無駄だから、剣術の型を復習するくらいだな。」
「へーい。」
「復習しても無駄じゃないっすか?」
「どうせ、明後日でしょ?」
「ちょっと、動いて体を慣らしておくくらいはできる。」
みんなそれぞれ言い出したので、シークはそのまま部屋を出た。




