教訓、二十。油断大敵。 19
2025/07/07 改
「…若様、失礼ですが、どうしてこちらに?」
ベイルが困惑した表情で尋ねた。
「…うん、あのね、いくつかノンプディと話して決まったことがあるから、ヴァドサ隊長にお話しに来たんだ。」
「隊長はまだ、入浴中です。かなり返り血を浴びていたので、洗い落とすのに時間がかかっているかと思います。私がお伝えしましょうか?」
ベイルの提案に若様は考え込んだ。
「……うん…。でも、本当は直接言った方がいいと思う。だって、一個目は明後日に、ノンプディとレルスリの領主兵と親衛隊が模擬戦をすることになったって話だし、もう一つはノンプディに頼まれてよく考えないで、ヴァドサ隊長の部屋をノンプディの部屋の隣にしていいって、答えちゃった話だもん。」
若様の言葉に、ベイルとロモルの二人の顔の血の気が引いた。
「…明後日に、模擬戦をすることになったのですか?」
ベイルの確認に若様は頷いた。
「うん。その時に、ヴァドサ隊長とフォーリが手合わせをしたらってことになったの。レルスリのニピ族もいるから、彼らとも対戦したら面白いってノンプディが言ってて、お昼ご飯の時にノンプディがレルスリに話をするんだって。」
ベイルとロモルの目が点になり、隣に立っているフォーリに向いた。二人の目は「本当か?」という目だったのでフォーリは黙って頷いた。
「それで、本当は明日したらって言ったけど、フォーリが明日じゃ急すぎるって言ったから、明後日にしたの。寝込みを襲われてるし。だから、ノンプディが心配して自分の部屋の隣にヴァドサ隊長を寝せるって言うから、つい許可を出しちゃった。
よく考えたら、毎日ノンプディがヴァドサ隊長のところに遊びに行ったら、ちゃんと仕事ができなくなるって、フォーリに言われて。だから、もしそうなったら私の部屋に来て休んで貰うしかないのかなって、話してたんだ。」
いや、若様の部屋でも隊長は休めません、ベイルとロモルは思った。それでは寝ずの番をするのと同じではないか…! 真面目な隊長のことだから、絶っっ対に休めないと二人は確信した。
「それでね、早くヴァドサ隊長に教えに行こうと思ってきたんだ。ノンプディがお昼の時間だから自分がここに言いに来るって言ったけど、きっとノンプディが言いに来たら気まずいと思ったの。」
フォーリは若様が先にシークの所に言いに行くと言ったのは、シェリアの口を封じようとした結果だったのだと気が付いた。彼女が言いに行くと言うだろうと思って先に言ったが、やはり彼女は若様の思った通り、彼の所に行くと言ったということだ。
フォーリは若様が急成長しているので嬉しくなり、感慨深かった。フォーリが少し感慨にふけっている間に、若様の姿がなくなっていた。
フォーリがはっとすると、目の前の浴室の扉がぱたん、と閉じた所だった。ベイルもロモスも若様の言葉に動揺していたので、三人とも若様に注意していなかった。
「…若様!? いけません、ヴァドサはまだ…!」
慌ててフォーリも後を追い、ベイルとロモルもはっと我に返って後を追ってきた。
「何も…!! 若様!?」
すでに遅く、奥からシークの驚いた声が響いてきた。
「な、な…なぜ、こちらにおいでになったのですか…!? フォーリは?」
聞こえてくる声が非常に慌てている。
「フォーリはいるよ。あのね、あ!」
「若様…!」
ガシャン、と何かが落ちる音もしたので、急いで中に入った。滑って転びそうになった若様を、裸のままシークが抱き止めた所だった。落ちた物は鞘に入ったままの剣だ。
「……。フォーリ、早く若様を。」
「……。」
なぜだろう。若様が誘惑をするなどありえないし、シークだって真面目なのにどうして、こんなに誤解されるような情景が目の前に広がっているのだろう。フォーリもベイルもロモルも、三人とも同時に思った。
「…フォーリ…!」
もう一度呼ばれて、フォーリはようやく若様を受け取った。
「若様、出ましょう。彼の入浴が終わってから話を。」
さっきそう言っていたはずなのに、まさか、中に入っていくとはフォーリも思っていなかった。
「…驚かせてごめんなさい。…いつもフォーリやベリー先生と入るから、中に入ってもいいと思った。…
その、背中の傷は治ったの?」
若様の視線は、後ろを向いたシークの背中の傷跡に向いている。彼の傷がどうなったか、気になったのだと分かって、フォーリはため息をついた。
「若様、ご覧の通り、治りました。ですから、お気になさらないで下さい。」
シークが少しだけ振り返って答えた。
「そっか、良かった。明後日、模擬戦やフォーリ達ニピ族とヴァドサ隊長が対戦することになったから、ちゃんと治っているか心配になったの。」
「…! え!? も、模擬戦ですか?」
シークは慌てて振り返りそうになり、急いで体勢を戻したりしている。
「後で話をする。」
フォーリは言うと、急いで若様を伴って外に出た。一足先にベイルとロモルは出ていた。やっぱり、フォーリが想像した通りの慌てようだった。




