教訓、二十。油断大敵。 18
2025/07/07 改
「殿下、お願いがございますの。」
シェリアがにっこりして言った。
「何?」
「ヴァドサ殿は昨夜、寝込みを襲われてしまいました。わたくし、本当に申し訳なく思っております。警備は十分にしてあったはずなのに、侵入されたのです。殿下の御身も危なくなる可能性がありますわ。もうすでに、警備を厳しくしてあります。ですが、念には念を入れたいのです。
殿下には親衛隊がついておりますが、ヴァドサ殿にはついておりません。ですから、ヴァドサ殿のお休みになるお部屋を、わたくしの部屋の隣にして頂いてもよろしいですか?」
フォーリはあっと思ったが口を開く前に、若様は了承してしまった。
「それならいいよ。だって、私もヴァドサ隊長が心配だもん。それなら、安心だね。あなたの部屋の隣なら警備も厳しいはずだから。」
この辺がまだ素直な子どもだった。
さっき、あんなに企みの話を聞いたはずだったのに…。フォーリは思った。そもそも、若様がすれていないのだ。完全に誘導に引っかかってしまった。慌てふためくシークの様子を想像できて、フォーリは内心おかしかったが、そんな場合でもないのだった。
「そうだ、フォーリ、ヴァドサ隊長に教えに行こう。」
「若様、しかし、彼は今、返り血を落とすために入浴中です。」
フォーリは急いで言ったが、こんな声がしたので若様の意見に賛同するしかなくなった。
「殿下、わたくしがお伝えしに参りましょうか?わたくしが参りますわ。殿下はお食事に。」
シェリアが言ったので、フォーリは急いで若様に賛同した。
「若様、風呂場の付近にいることに致しましょう。そうすれば、出てきた所ですぐに話ができるはずです。」
「うん、そうだね。」
さすがにシェリアが風呂場に現れたら、可哀想だ。それよりも、若様が現れた方がましである。
「それじゃ、ノンプディ、また後でね。」
若様は言うと嬉しそうに部屋を出た。フォーリも黙礼して若様の後を追う。彼女の部屋の隣。右側と左側の二つ候補があるが、どちらなのか分からない。だが、おそらく彼女の部屋と続きの部屋だろう。どちらが続いているかだ。
「ねえ、フォーリ、どうしたの?」
「…若様。ノンプディ殿の提案を受けたのは、良くなかったと思います。」
フォーリの答えに若様がびっくりして、振り返って横に立ち並んだ。
「どういう意味?」
「ですから、ヴァドサの寝室をノンプディ殿の部屋の隣にするという件です。」
「…だめだったの?」
不安そうに若様が言うので、フォーリは申し訳なく思った。せっかく人のためを思ってした行動が、良くなかったと言われるのだ。
「…はい。あまり良くなかったかと。」
想像できてしまう。彼女が毎日、彼の部屋に押しかけるだろうことを。そうなれば、彼は毎日ちゃんと休めなくなり、任務に支障が出るかもしれない。そうなった場合、若様の部屋に寝かせるしかなくなるかもしれない。
ちなみに、隊長と副隊長が同じ部屋で休むことはない。万一、寝込みを襲われたら、同時に二人の指揮官が死んでしまうからだ。だから、ばらばらに休む。
「どうして?」
どうしてって聞かれても、その“夜の褥の中”のことをさすがのフォーリも言いにくい。そうなるだろうから、と説明するのも言いにくい。
「…おそらく、ノンプディ殿はヴァドサの部屋に毎日、行くでしょう。そうなれば、事務作業などの仕事の進み具合に支障が出ますし、ヴァドサは一時も休む時間がなくなります。」
とりあえず、そう答えると若様は気づかなかった、という表情を浮かべた。
「…そうか、そこまで考えなかった。つい、また寝込みを襲われたら大変だと、そればっかり考えちゃった。じゃあ、やっぱりそれはだめだと却下した方がいい?」
しかし、それもまた問題なのだ。
「若様はセルゲス公です。そのため、一度出した許可を後になって取り下げるのは良くありません。本当に緊急の事案でも無い限り、そう簡単に許可を出したり引っ込めたりを繰り返すと、信頼を失ってしまいます。若様は難しいお立場におられますので、余計に慎重にならなければなりません。」
少し前まではこういう話ですら、できなかった。心がまだ癒やされてなくて、毎日の生活をするだけで精一杯だった。毎日、ちゃんと生きられた、そういう状況だったのだから。シークが真面目で一生懸命、若様と向き合ってくれるから、若様もそれで心が癒やされた。意地悪を言う人ばかりじゃない、人と違っても大丈夫だと、どれほど若様が安心したかフォーリは分かっている。
「……そうか。なんとなく分かる気がする。従兄上もそうだった。後で答えるとか、よく言われていたけど、それは考えておられたからだね。思い出した。私はまだ、幼かったから、王子として意見を求められることはなかったし。」
若様は少し落ち込んだ。
「若様、次から気をつければ良いと思います。」
「…うん。でも、もしヴァドサ隊長がちゃんと休めなかったらどうしよう。仕事をしている最中に、さっきみたいに抱きつかれたら仕事ができないもん。」
「…若様、どうしてもの場合は、若様の部屋で休んで貰うしかないかと。広いため空き部屋がありますし。」
そんなことを話しているうちに、風呂場の前についてしまったが、途中から話が風呂場の前に立って待っていたベイルとロモルに聞こえていただろう、ことはフォーリは分かっていた。




