教訓、二十。油断大敵。 16
2025/06/23 改
「…殿下。今日はここまでに致しましょう。あまりに長々とお話ししすぎてしまいましたわ。」
シェリアの言葉に、グイニスは我に返った。
「…ま、待って。私は…何か…分からないけれど、ノンプディとレルスリ…二人と話していたら、何かが見えてきた気がする。だから……二人ともっと話がしたい。今の話を聞いていたら…私は分かったような気がする。
私は今まで権力が怖かった。私には、ただただ力は怖い物で…その力を持ったら、悪いことになるんだと思ってた…。でも、なんか分かった気がする…。
もしかして…ノンプディ。私の王子の血筋とセルゲス公の位は、私の周りにいる人達も危険に巻き込むものだって…思っていたけど、でも…本当は逆に…私の周りにいる人達を守ることができる力なのかなって…話を聞いていたら、そう思った。」
シェリアは驚いてグイニスを見つめていた。そして、にっこりと微笑んだ。
「ええ、殿下。さようでございます。使いこなせさえすれば、強力な力になります。でも、使い方には注意が必要ですわ。殿下はどうなさりたいのですか?」
どうしたいのか、グイニスは問われて、自分は何をしたいのだろうと、今頃になって考えた。ただ、周りにいる人達を守りたいだけだ。それ以外は考えていない。
「……私は…私はただ、私の周りにいる人達を守りたい。ただ、それだけだから…。それ意外のことを聞かれても分からない。」
「それで、十分です、殿下。そのためには力を蓄え、身につけなくてはなりません。」
「…教えて。教えて欲しい。明日から…家庭教師の勉強は、少しお休みする。ここにいる間に…ノンプディやレルスリに力の使い方を教えて貰う。…私は…みんなを守りたい。それに、従兄上もお助けしたい。」
グイニスの急な申し出にも、シェリアは嫌な顔一つしなかった。にっこりと微笑んだ。
「分かりました、殿下。そのように致しましょう。」
「…それで、聞きたい。どうして…ヴァドサ隊長に意地悪したら、彼を守ることになるの? 権力を見せつけることが…どうして、首府で起きることに関係あるの?」
「殿下。この屋敷にも密偵がおります。そのため、どのようなことが起こったか、サプリュに知らされているのです。」
まさか、そこまでとは想像していなかったグイニスは、びっくりした。
「……それは、どうして? 私が…セルゲス公だから…? それに、誰がそんなことを?」
「殿下。密偵を送るのは必ずしも、敵ばかりではございません。」
シェリアは静かにグイニスを見つめた。
「…どういうこと?」
「たとえば、陛下も送られています。」
「え? …叔父上が?」
「はい。殿下にとって叔父上でいらっしゃいますが、陛下は王でもございます。殿下にその気が無くとも、殿下を攫い、担ごうとする者が出て来ないか、また、殿下に危険が及んでいないか、そのために陛下は密偵を送られております。」
グイニスは、そのことを把握しているシェリアの方に驚いた。
「どうして…密偵だと分かっているのに、そのままにしているの?」
「わざとですわ。」
シェリアの目は研ぎ澄まされた剣のように澄んでいるが、口元は優しく微笑んでいた。
「わざと? …人数を全部数えているの?」
「ええ。知る限りは。そして、本当に危険な人物以外は、排除しません。なぜなら、その密偵を排除しても、新たな密偵が送り込まれます。そして、その新手の密偵が誰なのか、しばらく分からなくなります。
そのため、わざと放置しているのです。知らないフリをして。分かっていれば、その人物だけ気をつければよいのですから。」
シェリアの言葉に、グイニスは度肝を抜かされた。
「その密偵達が、殿下がどういうことをされているか、雇った者に逐一、報告しているのです。その結果、首府でたとえばヴァドサ殿に対して悪評を流すなど、そういうことが起こります。
わたくしが、わざとヴァドサ殿に言い寄るのは、その密偵達にシェリア・ノンプディが言い寄っている、という構図を見せるためです。そうすれば、殿下と男女のような仲だというような、噂を流しにくくなります。それだけでなく、他の女性を使って首府に帰った時に言い寄らせる、などの手管を使いにくくもなります。
なんせ、八大貴族のシェリア・ノンプディが気に入っていて狙っているのですもの。みな、わたくしが冷酷な女だと知っておりますわ。わたくしが唾をつけた殿方に何かしたら、後の仕返しが恐ろしいですもの。」
したり顔のシェリアをグイニスは見つめた。
「……し、仕返しって?」
思わず、グイニスは唾を飲み込んで聞き返した。
「そうですわねえ、サリカタ王国で生きていけないようにしますわ。ヴァドサ殿はおそらく、命を取ることは望みません。ですから、その程度にしてあげます。でも…時と場合によりますわ。」
(!…目が本気だ……。)
グイニスはシークに何かあったら、シェリアが許さないのは本当だろうと思った。




