教訓、三。盗み聞きも任務のうち。 1
「隊長、遅かったっすねー!」
「何かあったんすか!」
国王軍の宿舎に行くと、隊員達が元気に聞いてきた。まだまだ力の余っている若者達だ。元気でいいことだ。いいことだが…。シークはため息をついた。
「隊長、どうしたんです?」
「お前達に話がある。心して聞いて欲しい。」
隊員達はみんな顔を見合わせた。ベイルが彼らを並ばせる。ここの広間はシーク達の貸し切りになっていた。親衛隊は王族の護衛に当たる。誰でも聞いていい話ばかりが出る訳ではないからだ。
「いいか、あの後、ベリー先生に詳しい話を聞いた。とにかく、徹底してベリー先生から受けた注意を守って欲しい。
我々は国王軍だし、本来ならいけないことだが、私は今日、初めて妃殿下に腹を立てた。心底怒りを抱いた。それくらい、幼いセルゲス公にしたことはひどかった。具体的には言えんし、口にしたくもない。
王子の護衛だとかいう前に、一人の可哀想な孤児のために行動しているんだと思って、任務に当たってくれ。」
シークは一同を見渡した。一応、真剣に聞いている。
「それと、その後にセルゲス公と護衛のフォーリに会ってきた。」
一瞬、みんな顔を見合わせた。
「えぇー!リタの森にいるんじゃ!」
「なんだ、行かなくていいのか!」
「良かったなー。」
一時の驚きが収まってから口を開く。
「ベリー先生のおかげだ。我々に会っている間にいなくなったら困るから、説得してお連れして下さっていた。」
その後はしばらく、セルゲス公には必ず若様とお呼びしろとか、閉じ込められた経験から、屋内とか鍵、虐待を受けた記憶のために鐘の音が苦手だとかいう話をして、不注意で怖がらせないように注意した。
「他に質問は?」
「セルゲス公に会ってどうでしたか?」
シークはため息をついた。これは先が思いやられる。美少年だと噂なので、みんな興味津々だ。その上、前の護衛達の話が余計に興味をかきたてているのだろう。
シークは考えて、恥を忍んで事実だけ伝えることにした。
「コレを見ろ。」
左手を前に突き出す。
「これは何の怪我だと思う?」
「護衛にやられたとか?」
「違う。自分でした怪我だ。ベリー先生の詳しい話を聞いた。以前の護衛達…彼らは妃殿下から何か言われていたようだ。そうだ。お前達に聞くが、妃殿下から何か接触がある者がいたら、今、名乗り出ろ。」
シークは慎重に一同を見渡した。
「いないか?もし、いるなら今のうちに名乗り出ろ。今なら許してやる。だが、後で出てきたら許さんぞ。まあ、後ででもことに及ぶ前なら命だけは助けてやれる。とにかく、今、名乗らなければ隊をやめて貰うぞ。」
しん、と静まりかえった。誰も名乗り出ない。おそらくそうだろうと思っていた。安心する一方で油断は禁物だと、シークは自分に言い聞かせる。
「いないんだな?」
シークは一息置いて明言した。
「よし。とりあえず、いないということで話を進める。後で発覚した時には、即刻やめて貰う。我々は国王軍だ。しかも、誰もが陛下と王太子殿下の二人同時に拝謁することはできないそうだ。つまり、我々は陛下と王太子殿下のお二方から、注目されているということだ。我々の失敗はすなわち、お二方の失敗ということになる。」
一同の顔に緊張がみなぎった。
「決して失敗は許されない任務だということだ。心して任務に当たれ。」
シークは一息ついた。
「セルゲス公のご容姿と、何の関係があるのかと思うかもしれない。だが、おおありだ。
我々がセルゲス公のご容姿に目を奪われたら、妃殿下にセルゲス公のお命を奪わせる言い訳を与えてしまうことになる。傾国の美女ならぬ、傾国の美少年だとな。多くの者を惑わせると。陛下も王太子殿下もセルゲス公を守ろうとなさっておいでだ。そのお気持ちを裏切ることになる。
だから、決してセルゲス公のご容姿に目を奪われるな。私はベリー先生の話を聞いて、前の護衛達は男色の傾向もない者も、その罪に加わったのではないかと思った。
それで、セルゲス公にお会いする前に、服のピンを抜いて左手に握っておいた。自分自身も過ちを犯してはいけないからな。そうしておいて、正解だった。」
シークはみんなを見回した。
「この左手が答えを示している。セルゲス公は大変、可愛らしい方だった。性別を超えて誰もがうっとりしてしまうだろう。だから、今日、護衛に先に謝った。お前達がみとれて呆然とするだろう。だが、それだけはなんとか許してくれと。
しかし、その後、噂話などは決してさせないから、と約束してきた。もし、お前達が過ちを犯したら、私が責任を取る覚悟だと。」
隊員達が目を丸くして顔を見合わせる。
「隊長、そこまで…。」
「そこまでしないと、我々は任務を遂行できない。だから、みんなも覚悟してくれ。」
シークは重々しい表情で隊員達に念を押すと解散した。
そして、ベイルだけを呼び出す。気配がなくなったのを確認してから口を開いた。
「ベイル、セルゲス公だが…本当は他言無用の話だが、お前には話をしておこうと思ってな。お前なら理解できるし、私には分からないセルゲス公の気持ちを理解できるかもしれん。」
長いシークの前置きにベイルの表情が曇った。
「はっきり言って下さい、隊長。なんとなく分かります。」
シークは思わず額を右拳でこすりながら、ため息をついた。
「すまん。セルゲス公は監禁中に性的な虐待も受けていたそうだ。さらに、前の護衛達は実際に手を出したらしい。ベリー先生に不眠だと言って眠り薬を貰い、その薬をニピ族の護衛に盛り、その間にセルゲス公を攫って手込めにしたそうだ。」
ベイルの目が点になった。頭を抱える。
「なんてことを…。まだ、幼かっただろうに。そして、だまし討ちにしてまた、そんなことをするとは……。それじゃあ、ニピ族の護衛に殺されるわけだ。」
ベイルが頭を整理するまで、シークは待った。
「…分かりました、隊長。私ができることなら、しますから。ミリアの弟妹達とよく遊んでいますし、子供の扱いにはなれています。隊長ほどではないと思いますが。実際に実年齢よりも幼かったですか?」
シークは深く頷いた。
「やはり、話し出すまでに時間がかかった。それでも、会話ができないかと最初は思ったから、会話できただけ十分だと思う。かなり繊細で優しいご性格のようだ。素直で純粋だと思う。」
「分かりました。気をつけます。」
ベイルの後ろ姿を見送って、ようやくシークは一息ついた。明日は一体、どうなるだろうか。みんな、ちゃんと守ってくれよな、と祈るしかない。