教訓、二十。油断大敵。 15
2025/06/23 改
シェリアはくすっと笑ってから、切なげな表情になった。
「からかう理由として…まずは…ヴァドサ殿の慌てぶりが面白いからですわ。まるで、少年のように純粋なお方。つい、からかいたくなってしまいますの。顔を赤く染めて目をそらして…。わたくしから逃げようと必死になって。そのくせ、力業には出ませんわ。
でも…あの方に、わたくしの本当の気持ちを真面目に伝えると、あの方は真面目に悩んでしまう。わたくしの気持ちをないがしろにはできないと、深刻に考えてしまうでしょう。真面目に悩んで、わたくしに気持ちを受け取ることはできない、と言われるはず。そうなれば、二度とわたくしはあの方とお話ができなくなってしまう。側にいることもできません。
ですから、わざと強権的な態度で権力を見せつけておりますの。それに、そうすることでヴァドサ殿をお守りできます。」
シェリアはうっとりしていた表情を、最後の言葉と共に引き締めた。
「…守るって…どういうこと?」
シェリアは少し、困ったような表情をしていたが、やがて意を決したように頷いた。
「まずはフォーリ殿に、わたくしの命を担保して頂きたいですわ。」
そう言って、フォーリを見るのでグイニスはフォーリを見上げた。
「フォーリ…。ノンプディを殺さないで。」
フォーリは困ったように頷いた。
「はい…若様のご命令ならば。」
「ノンプディ、話して。」
グイニスが催促すると、シェリアは口を開いた。
「殿下。まずはお心を痛めずにお聞き下さい。今、都ではヴァドサ隊長に関して悪評が流れておりますの。全てでっちあげですが、そんな悪評が流れたのは、殿下の護衛から引きずり下ろすためです。」
そんなことが起こるということに、まずグイニスは驚いた。そして、それと同時に宮廷にいた頃、しょちゅうそんな話…いろんな噂話がまことしやかにが流れていたことを思い出した。
「…その中には申し上げにくいのですが、殿下のご容姿に心を奪われ、殿下と男女の仲のようになっているとか、そういうひどい噂などが流されております。」
グイニスはぽかんとした。何か意味を含んだような目で見たり、嫌らしくニヤニヤしたり、穴が開くほどジロジロ見たり…そんなことを彼ほどしない人はいないと思う。最初は少し戸惑っている様子だったが、グイニスもおどおどしていたので、仕方ない。でも、彼は急かしたり馬鹿にしたりしなかった。
「…男女の仲って…さっきの説明から言ったら、ノンプディがヴァドサ隊長に抱きついたりしたようなこと?」
おそらく合っているとは思ったが、念のため、グイニスは確認してみた。
「ええ、さようでございますわ、殿下。ただ、純粋に愛しているからという意味で言っているのではなく、ただ肉体的に快楽を追い求めて、そうしているという意味合いが含まれておりますの。」
傍らに立っているフォーリが、微妙に落ち着きがなくなった。だが、さっき約束をしたので、仕方なく黙って立っている。
「…肉体的な快楽って?」
「…殿下、申し上げにくいことではありますが、殿下は知っておかなくてはなりません。もしかしたら、ベリー先生からお聞きになっていらっしゃるかもしれませんが。」
首をひねるグイニスに、シェリアは少しだけ考えて言った。
「そうですね。性的な行為ですわ。それには快楽が伴うのです。男女の仲での意味で、口づけするのも性的な行為に入ります。愛している方にそうされれば、満たされて幸せな気持ちになります。夫婦であれば、その後、簡単に言えば交尾で子ができるのです。
ですが、そうでない方にそんなことをされれば、とても嫌な気持ちになります。殿下もそのような事をされたことは、ございませんか?」
物凄く真面目な顔でシェリアが言うので、恥ずかしいから答えないというわけにいかないのだとグイニスは思った。それでも、口に出して言うのは勇気がいるし、恥ずかしかった。
「……そ、それは。」
口ごもってしまうと、シェリアは優しく頷いた。
「無理にお答えにならなくてよいのです。ただ、そういう者達に真面目に接してはなりません。」
「え? どういう意味?」
「貴族の子弟だろうがなんだろうが、殿下に対して、そういう目線で見る者に対して、殿下は真面目に要求にお答えしてはなりませんわ。彼らは良からぬ要求をしてくるでしょう。」
グイニスは首を傾げた。良からぬ要求って何だろう。
「殿下のご容姿は大変、麗しゅうございます。そのため、殿下のご容姿に目がくらみ、殿下が男性であろうとも関係なく、殿下を手に入れようとする者が現れてきましょう。そういう者達は肉体的な快楽を求め、殿下にもそのようなことを要求するはずです。ですから、殿下は決してそのような者達の要求に乗ってはいけません。
もしかしたら無理矢理、殿下の肉体を奪い、誰にも知られたくなかったらこうしろとか、さらには殿下を王位に就け、その後、どうこうしようとか、権力を握ろうとか、そういう輩が現れてもおかしくありません。
もし、そうなれば殿下の人生を甚だしく狂わせてしまいます。わたくしは、殿下に少しでも幸せになって頂きたいのです。ですから、この人だと、この人となら共に人生を歩める人だと思える人が現れない限り、決して肉体的な関係になってはいけません。口づけしてもいけません。これは男女問わずです。
殿下は亡きリセーナ妃殿下に生き写しですわ。リセーナ妃殿下も多くの人の心に残る、大変お美しいお方でした。男性だろうと女性だろうと関係なく、子どもからお年寄りまで、一目見れば心を奪われてしまうほどでした。ですから、殿下も男女に関係なく、近づいてくる者には気をつけなくてはならないのです。
そうでないと、身近な人達も巻き込んで、死に至らせてしまうことにも成りかねません。もし、愛している人が王妃になりたいと言い出したら、どうしますか? そのために謀反を起こしますか?起こさなくても、噂が流れたりでっち上げられたりしたら、大変なことになると殿下も分かっておられましょう?
ですが、この容姿は武器でもありますの。バムスさまもわたくしも、容姿を最大限に生かしておりますわ。」
最大限に生かす、という言葉にグイニスは思わず、シェリアの顔を凝視した。今まで自分の顔があまり好きではなかった。母に似ているのは、嬉しい気がする時もある。ただ、自分の顔は母に似ていても、鏡を見たからって、母のリセーナに会えるわけでもなく、感傷に浸ることもできなかった。鏡を見るのは苦手だった。
いつも、顔を見た者達が可愛いと言ってニヤニヤしたり、なんとも言えない熱っぽいような目線で見てきたりする。落ち着かなかった。それに、そのせいで嫌な目に遭ったような気がする。悪夢はその関連のような気がする。嫌な気分になって、男らしくないと言われるのが嫌で、傷ついた。女に生まれたら良かったのに、と何度も思った。
でも、女に生まれたらフォーリには会えなかったのだろう。そう考えると複雑な気持ちになる。
でも、このあまり好きでない顔を、最大限に生かすってどうやるのだろう。




