教訓、二十。油断大敵。 14
2025/06/21 改
「…殿下。良かった。」
なぜか、シェリアは心から安堵したように言うと、座ったままのグイニスをふわっと抱きしめた。びっくりして、さっきシークが慌てた理由が分かる気がした。柔らかな体が触れてきて、どうすればいいのか分からない。それに、彼女が身に纏っている香りがすぐ近くでする。
そう言えば、母のリセーナが亡くなった時、悲しくて泣いていたら、彼女がきて慰めてくれたことがあった。母がよみがえったようで嬉しかったことを思い出した。母はどんなだったか…それを思い出した。
「本当に良かった。」
彼女は繰り返して、グイニスの額に軽く口づけしてから、身を離した。
「殿下がそのようなことにも、興味を持たれて、そして…急に成長されているのを間近で拝見することができて、とても嬉しゅうございますわ。」
彼女は微笑むと、先ほどのグイニスの質問に答えてくれた。
「…わたくしは、確かに最初はフォーリ殿がいいと言いました。今でもフォーリ殿は全体的によろしいわ。でも、フォーリ殿は恋までのお相手です。深い仲にはなりませんの。殿下の護衛ですもの。殿下の護衛を取ることなどできませんし、ニピ族なのです。
ヴァドサ殿については、早い話、どんなお人柄か確かめるために近づきましたの。殿下の護衛の親衛隊の隊長がどのような方か、確かめるため。
でも、確かめ終わった時には、わたくしが…わたくしの心は…ヴァドサ殿に奪われておりました。」
グイニスは首を傾げた。一体、どうやって人柄を確かめるというのだろう? そんな方法があるなら、自分も身につけたい。そうすれば、いろんなことを言いながら近づいて来る人の企みを、あっという間に見抜けるではないか。素晴らしい考えだと思ったので、グイニスはそのまま素直にシェリアに申し出た。
「…ノンプディ。どうやって、人柄を確かめるの? 私もできるなら、その方法を身につけたい。だって、そうすれば…。」
まだ、最後まで言い終わっていないのに、フォーリが咳払いして、口を挟んだ。めったにフォーリは、グイニスが話している時に口を挟まない。
「若様。それはいけません。」
「…つまり、フォーリは知ってるってことなの?」
「…そ、それは。」
ほほほ、とシェリアが笑い出した。
「案外、殿下には向いていらっしゃるかもしれませんわ。ええ、上手くいけば誰よりもお上手になられるかも。」
シェリアが楽しそうに笑いながら言った。悲しそうだった彼女が笑っているので、少しほっとした。その上、自分が上手くできるかもしれないと言われたので、グイニスは思わず意気込んだ。
「本当、ノンプディ…!? やっぱり、私はその方法を教えて貰う…!」
「…若様…!」
グイニスが目を輝かせる隣で、フォーリが慌てながら殺気立つ。
それを見たシェリアは、鈴を転がすように笑った。
「まあ、殿下。残念ですが、それは無理そうですわ。わたくしがお教えすれば、わたくしはフォーリ殿に殺されます。わたくしはまだ、死にたくありませんの。」
「……そうか。」
グイニスは消沈した。その横でフォーリがほっと安堵の息を漏らしている。意気消沈しても、まだ、さっきの質問の肝心の答えがまだだったことを思い出した。
「…それで、どうしてヴァドサ隊長が好きになったの? 今までの話から言ったら、ただ好きになる恋とは違うってことでしょう? ヴァドサ隊長を愛しているの?」
一瞬、言葉もなくグイニスをシェリアは見つめたが、その直後に切なげで、苦しそうで、それなのに幸せに満ちた表情で頷いた。
「ええ、殿下。そうですわ。あの晩、ヴァドサ殿に一瞬で恋をして、それが…たちまちのうちに、愛に変わりました。」
グイニスはびっくりした。
「恋は一瞬でして…恋から愛に…たちまち変わるものなの?」
「殿下、その人の状況や環境にもよりますわ。わたくしは…八大貴族という立場上、大勢の人と接します。そのため、経験上からこの人は概ね良い人とか、そうでないとか見分けがつきます。ですから、その経験がわたくしの場合は役立ったのです。
ヴァドサ殿は…わたくしに罵詈雑言を浴びせてもよい状況だったにも関わらず、一言もそのような事を言われませんでした。代わりに…わたくしを傷つけたくないと思いやりを持って気遣って下さった。
こんな方はめったにいません。わたくしは、十五年ぶりに…異性と思える殿方から…心からの温かい言葉を受けました。先ほどもわたくしが具合悪くならなかったか、気遣って下さった。
ですから…わたくしは心を奪われて、一瞬で恋に落ち、それがたちまちの内に、愛に変わりました。あの方のためなら、わたくしは…どんなことでも耐えられます。でも、あの方をわたくしのものにしたくて、苦しいのも本当の気持ちです。今のわたくしは…愛と恋が混在しておりますの…。」
「…レルスリは違うの? 異性じゃないの?」
グイニスの素直な質問に、シェリアは微笑んだ。
「…バムスさまは友人です。お互いに陛下を支えて戦う、信頼できる戦友のようなお方です。」
戦友、つまり彼女はずっと、戦っているのだ。でも、今はそれよりもっと聞きたいことがあった。前から疑問だったのだ。
「じゃあ、なんで、ノンプディはヴァドサ隊長に意地悪をするの?素直に愛しているって言ったらいけないの? 気持ちを打ち明けてもいけない?」




