教訓、二十。油断大敵。 13
2025/06/21 改
「……そうですわね。」
シェリアは遠い目をして考えた。グイニスには、よく分からないことだった。だが、彼女はなぜか嬉しそうだ。前から綺麗な人だったが、今はなぜか余計に綺麗に見える。
「これが正しいという答えはないと思います。でも、あえて言うなら、心を捧げたいと思うことだと思いますわ。心を捧げて愛する…そうしたいお方なのです。」
グイニスは、シェリアの表情を見つめた。頬をほんのり上気させ、うっとりと黒い瞳が潤んでいる。とても幸せそうで…それなのに、なぜかとても悲しそうで苦しそうだった。
「……心を捧げて愛したいのに…でも、なぜ、意地悪をするの?それに…ノンプディは幸せそうなのに、とても苦しそうで、とても悲しそう。」
グイニスが聞くと、シェリアは微笑んだ。
「その通りですわ。殿下。殿下にもきっと、これから、好きになる人が現れます。それが人として好きなのか、それだけではない気持ちが芽生えることが出て参ります。その時、分かりますわ。最初は好きなだけ。でも、気が付いたら、その人のことしか考えられなくなりますの。それが、恋ですわ。」
恋、それはグイニスには縁遠いことのように思えた。自分はいつ、死ぬか分からない運命なのに。それなのに、シェリアはそうなって当たり前、というように言う。
「私にそうなる日が来るのかな?…だって、いつ、死ぬか分からないのに。」
「……殿下。悲しいことを仰らないで下さいまし。恋をして…いつしか愛に変わるのですわ。ただの恋ではなく、心から愛する人と出会える日が来るはずです。」
グイニスには分からなかった。恋と愛は何が違うのか。
「…恋と愛は違うの?」
シェリアは微笑んだ。
「違いますわ。…いつか、殿下にも分かる日が訪れます。きっと、訪れますわ。」
そう言って、シェリアはグイニスの前に来ると、グイニスの右手をつかんで掌に包んだ。彼女から香の香りがほんのり、漂う。思わずシェリアの顔を見上げた。以前はそんなことをされると、拒否反応をしてしまったが、今は我慢できるようになった。しばらくは大丈夫そうだ。
「殿下…。」
シェリアの両目から涙がこぼれ、グイニスはびっくりして彼女を見つめた。グイニスの両手を握っている彼女の手の上や、隙間を縫ってグイニス自身の手にも彼女の涙が落ちてきた。
「…愛とは、わたくしが思いますに…たとえ、天下の誰に罵られようとも、国中に嫌われようとも、汚名を着ようとも…この身を斬られて串刺しにされようとも…愛する人のためならば、それができるのですわ。その行動で…その人が守られるならば、厭わず…できる。わたくしは…そのように思います。」
彼女は真摯に答えてくれている。シェリア・ノンプディという女性は、どういう生き方をしてきたのだろう、グイニスは初めて他人の生き方に興味を持った。彼女はどうして、こんなに苦しそうなのだろう。
「…ノンプディは…そうやって生きてきたの?」
「ええ、そうですわ、殿下。わたくしは、愛する人のために、身も心も捧げて参りました。愛する夫が守りたかった、家族、領地、領民、わたくしはそのために…力を注いできたのです。
わたくしは、子ども達も…両親も愛しております。わたくしが育った、この領地も領民も愛しております。ただ、金儲けをしているという人達もいますが、わたくしは愛する人達のためなら、どう言われようともかまいません。
…でも…そのために…殿下には申し訳ないことを……ですから、穴埋めさせて頂いているのです。ですから、わたくしは殿下には…決して嘘偽りを申しません。殿下のために…できることをさせて頂きとうございます。」
涙ながらに言われて、グイニスは戸惑った。でも、そう言ってくれて、嬉しかった。
「…ノンプディ。私にはよく分からない…。でも、ノンプディが愛する人達のために、力を尽くしているのだということは分かったし、私にできる限りのことをしてくれようとしているのも、分かった。そのことについては、嬉しい。ありがとう。でも、それよりも…聞きたいことがあって…。」
グイニスは今、聞いてもいいのか少しためらわれたが、聞く機会も今をのぞいてなさそうだったので、聞いてみた。
「…なんでしょう?」
ようやくグイニスから手を離し、涙を手巾で拭い、シェリアが尋ねる。
「…どうして、ヴァドサ隊長が好きになったの?…だって、最初はフォーリがいいって言ってた。でも…私がフォーリがいなくなったら困るって言ったから、ヴァドサ隊長にしたの?」
シェリアが軽く吹き出した。




