教訓、二十。油断大敵。 12
2025/06/12 改
穴があったら入りたい、と切実に思っていたシークは、若様達が行ってしまってから、思わず大きな声を出してしまった。
「……たい。」
誰かが近づこうとしたので、耐えられなかった。
「お前達…! ……何も言わないでくれ。…頼む。今は…一人にしてくれ。」
思わず言ってしまったが、みんな気を遣ってそれ以上、何も聞かず近寄らないで静かに立ち去ってくれた。
ただ、二人、ベイルとロモルだけがたたずんでいた。
「…分かっています、隊長。でも、仕方ないと思います。」
「…私も同じ意見です。隊長が悩まれることではないと思います。誰が見ても、彼女の方が無理矢理、迫っているのが明らかですから。」
「…おそらく、隊長のことですから、若様がご覧になったことに心を痛めておられると思いますが…彼女はわざとそうしたと思います。…その、言いにくいのですが、おそらく若様が年頃になり、好きな女の子ができた時、そういうこともあって、わざとああいう行動を取られたと思います。
若様にはっきり身分が下の者には命じなさい、ということを教えられるだけでなく、おそらく、そういう意味があるものと思います。ですから、隊長が悩まれることはないかと…。」
ベイルとロモルが、シークをただ慰めるだけでなく、冷静に言っているのは分かったが、羞恥心というものをそう簡単に消せなかった。この間のことに比べたらましだが、しかし、若様やみんなに見られたことが恥ずかしかった。公衆の面前である。自分の誇りを甚だしく傷つけられたような気がした。
「……。」
口を開けば感情的に何か言いそうで、だから、何も言えないでいると、二人は静かに去って行った。なんと人間として小さいのだろうと思うが、どうにも感情の折り合いをつけるのは難しかった。
二人がいなくなってから、シークは大きなため息をついた。それから、おもむろに立って風呂場に向かった。なんだか、どっと疲れてしまった。
シェリアは若様を自分の部屋に案内した。おそらく、シークはシェリアに抱きつかれた時、なぜ、若様の教育のためになるのか、意味が分かっていなかった。だが、そんなシークをよそに何も説明せず、明確にシェリアの意図を若様は理解した。若様の成長ぶりには驚かされる。
シェリアは思わず一人で笑いそうになった。シークに抱きついた時の、彼の慌て方や動揺ぶりがおかしかったのだ。顔が赤くなって心臓が早鐘を打っていた。いつもは頼りになるのに、こういうことには奥手で、少年のような反応を示されると、もっとからかいたくなってしまう。
「…なぜ、あんなことをするの?」
シェリアに若様が尋ねた。
「…あんなこととは、どんなことですの?」
「…その…ヴァドサ隊長に抱きついてた。」
シェリアは軽く笑った。
「殿下も同じではございませんか。同じように抱きついておられましたでしょう?」
シェリアが言うと、若様は考え込んだ。
「…私も確かに…ヴァドサ隊長に抱っこして貰った。……でも、大人なのに抱っこして貰いたくなったの?」
若様は不思議そうに考え込んでいる。子どもだから抱っこして貰うのは分かるのだろう。でも、大人がなぜ、そうするのか分からないのだ。
「…それに、ヴァドサ隊長は困ってた。私が抱っこをせがんだ時も、最初は困ってたけど、受け入れて抱っこしてくれた。でも…ノンプディの時は荷物を持ったまま、呆然としてた。困って固まってた。」
若様の指摘は正しかった。シェリアは微笑んだ。
「殿下。先ほど申し上げました。わたくしはヴァドサ殿をお慕いしておりますの。男女の場合は、相手を受け入れるということは、相思相愛を示すものでもありますの。」
若様は首を傾げた。それを見て、シェリアは微笑む。
「…お慕いって何?」




