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教訓、二十。油断大敵。 11

2025/06/12 改

「…あぁ、そう言えば、リブス、持ってきた(はさみ)を見せて差し上げて。」


 シェリアがシークに抱きついたまま、リブスに命じる。リブスは黙って帯から挟んでいた鋏を出した。


「何かお分かりになって?」

「花を生ける時に使う花鋏です。花を生けるのですか?」


 シークの答えにリブスがぽかんとした後、私が花を生けるわけないだろう、というような表情になった。シェリアがふふふ、と笑う。


「さすがはヴァドサ家のお方ですわ。古い旧家は違いますわね。実はその鋏、枝も切れるように、研いで油を塗ってありますの。」


 シェリアはそんなことを言った後、恐ろしい命令を出した。


「誰か近くにいる子の指を切りなさい。」


 シェリアが命じた途端、リブスが本当に近くにいた隊員のピオンダ・リセブの手首をつかんで、鋏を握った。


「!」


 その場が凍り付いた。


「!!」


 手首を握られたピオンダが、声に出せない驚きの声を上げる。


「ヴァドサ殿、どうなさいますこと? そうですわ。もう一つ、条件を加えます。ひざまずいてわたくしの名前を呼んで下さったら、指切りはなしに致しますし、先ほどの条件を呑みましょう。」


 呆然としているとリブスが鋏を広げた。シークは慌てた。


「分かりました。」


 急いで言った途端、シェリアが離れた。彼女の前にひざまずき、恥を忍んで口を開いた。


「……シェリア殿、どうか、お許し下さい。部下の指を切るのは、どうか…。」


 シェリアが(あご)に手を当ててきたため、思わず言葉が途切れた。


「…どうして、同じ手に引っかかるんですの?」

「え? ご冗談だったのですか?」

「いいえ。結構、本気でしたわ。」


 シェリアの答えに、その場一同の背中がぞっとした。


「!」


 その時、ふうと息をついた後のシェリアの行動に全員、呆然とした。シークは頭が真っ白になった。人前で女性にそんなことをされたことがない。彼女に両手で顔を上向かされたと思った途端、そのまま口づけされた。ひざまずかせたのはそのためだったのだ。 


「……本当に可愛いお方。こんなに動揺して。少年のように純粋な方ですわ。」


 シェリアは唇を離すとうっとりしながら、微笑んだ。


「もっと奪いたくなってしまいますわ。」


 隊員達は非常に焦っていた。指を切られる危機だったピオンダも、そうでない者も呆然と見つめた。その場にいる隊員の全員が思う。


(隊長が…! 連れて行かれる! 食われてしまう…!)


「こう致しましょう。ヴァドサ殿の新しいお部屋は、わたくしの寝室の隣に致しましょう。」

「!!」


 シークは驚きすぎて声すら出せなかった。その意味は……。


「そうすれば、寝込みを襲われる心配もありませんもの。さあ、リブス、誰か人質に取りなさい。」


 リブスが適当にさっき、指の危機だったピオンダの腕をつかんだ。


「……待って!」


 その時、意外な声が割って入った。若様の声だ。驚きの連続で若様達の存在を、一時、忘れていた。シークは顔から血の気が引くのを感じた。若様にはそんな所を見られたくなかったし、見せてもいけなかったのだ。


「待って、ノンプディ。お願い。」

「殿下、お呼びでしょうか。お願いするのではなく、お命じ下さいまし。」


 シェリアは若様の声にシークから手を放し、ゆっくりと振り返ってお辞儀をした。


「どうして…?」


 若様は不安そうな声で尋ねた。


「殿下はわたくしより、立場が上のお方です。殿下は御気性が優しいお方だと存じておりますから、あえて言わせて頂きます。そうでない王族の方々に申し上げることはありません。殿下はセルゲス公であり、前国王陛下であらせられた、ウムグ王陛下の御子でいらっしゃるのです。どうか、ご遠慮なくお命じ下さいまし。」


 若様は少ししてから、返事を返した。シークは若様の方を見ることができなかった。だが、シェリアが若様のご教育のため、と言った意味は理解した。やめて欲しい…穴があったら入りたいと切実に思った。


「…分かったよ。…ノンプディ、待て。」

「はい、殿下。」

「……し、親衛隊は私の護衛のためにいる。…だから、勝手なことをされたら困る。それに、からかったらヴァドサ隊長が困っているし……隊のみんなにも勝手なことはしないで欲し…しないでくれ。」


 若様の言葉に、シェリアは鷹揚(おうよう)に頷いた。優雅に礼をする。


「承りました、殿下。そのように致しますわ。」

「そ……それと、あなたとは話がある…からしたいと思う。」

「ええ。分かりました、殿下。今から参りますか?」


 シェリアに問われて、若様はフォーリを見上げる。フォーリが頷き、若様は了承した。


「…う、うん。いいよ。…えっと…。」

「では、わたくしの部屋にご案内致します。その方が近いですわ。」

「うん…ありがとう。」

「いいえ、何でも無いことですわ。…それと、殿下。わたくし、ヴァドサ殿をお慕いしておりますの。からかっていたのでは、ございませんわ。」

「……お慕いって?」


 若様の質問に、シェリアは艶美(えんび)なため息をついた。


「部屋でお話し致しますわ。」


 シェリアは振り返り、呆然と手に服を持ったまま、うつむいて固まっているシークを振り返って、くすっと笑った。

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