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教訓、二。魔が差すと即ち、死を見る。 7

 フォーリが途端に鉄面皮どころか、殺気を飛ばしながら鋭く(にら)んでくる。シークは腹を決めた。


「申し訳ないが…初めてお会いした時点でみとれるのは、許してくれ。確かに若様のご容姿にみとれた。(おどろ)いた。あんなに整ったご容姿だとは思わなくて。ベリー先生に言われていたが、その点については申し訳ない。」


 そして、シークはがばっと土下座した。


「…なんだ、それは?」


 フォーリが不機嫌そうに尋ねる。


「これは、明日、部下達が犯すだろう過ちについて、先に私が謝っておく。許してくれ。」

「…過ちを犯すのが前提とはどういうつもりだ?」


 フォーリの声が(きび)しくなる。


「お前はニピ族だ。だから、主君と決めた方には忠実に仕えるということを知っている。私達も忠実にお仕えしたいと思っているが、若様のご容姿は想像以上だった。

 おそらく、明日、部下達は若様にみとれる。性別を超えたお美しさだから、そうなるだろう。しかも、その後、若様のご容姿について、自分達だけになった時、いろいろと口にするだろう。

 だから、その後の(うわさ)話は決してしないよう、私が注意する。その分、みとれてしまうという過ちだけは、なんとか許してくれ。頼む。」


「…なぜ、部下達のためにそこまでする?何か下心があるのか?」


 フォーリの警戒(けいかい)は最もだろう。


「私達は…さっき、若様にもお伝えしたが、陛下の命を聞く者。妃殿下ではない。まず、回し者ではないことは伝えておきたい。今のところ、私は妃殿下から内密に何かするようにと言われていない。部下達にいつの間にか接触がないか、後で確かめるつもりだ。


 それから、私が部下のためにここまでするのは、理由がある。お前も知っているとおり、国王軍に入隊し、出世するのは並大抵のものではない。せっかくここまで来たのに、死んだ理由がセルゲス公に欲情したから、というのはあまりに不憫(ふびん)だ。


 私自身もそうだが、部下達にも剣術流派の道場出身者がいる。関係者が見れば、たとえ死因を隠蔽(いんぺい)したとしても、手筋がニピ族だとすぐにバレる。(かく)しようがないし、言い訳のしようもない。大変、不名誉な死だ。上司として部下にそんな不名誉な死を遂げさせるわけにはいかない。


 だから、先に部下達のために謝罪する。噂話をしたり、若様のご容姿にあらぬ思いを抱かないよう注意するから、みとれてしまうという、最初の過ちだけは許してくれ。どうか、頼む。」


 フォーリはしばらく黙っていた。おそらくシークの行動が意外だったのだろう。シークも若様に会うまで、するつもりはなかった。だが、何度もピンを左手に刺して気が付いたのだ。これは、先に謝っておいた方がよいと。


「ベリー先生に話を聞いたのか?」

「聞いた。前の護衛達が何をしたのかも。同じ国王軍として恥ずかしく思う。そして、同時に部下達が同じ過ちを犯さないか、危機感を持った。だから、先に謝罪しているわけだ。そして、部下達の過ちについての責任は、全て私にある。だから、現実に手を出したりした場合を除き、部下達の過ちは私が全てを負う。私一人を殺してくれ。」


 フォーリがため息をついた。


「確かに、危機感を持っている隊長と持っていない隊長とでは、持っている隊長の方がいい。分かった。みとれるくらいは仕方ない。

 若様ほど容姿の整った少年…どころかそんな美女さえそうはいない。ただ、確実にその後のことは責任を持って欲しい。もし、噂話でもしていたら、それだけでも許さない。前回は遠慮(えんりょ)しすぎた。噂話の時点でやっておけば、もっと犠牲も減ったはずだ。」


 フォーリもさすがに隊の三分の二を殺してしまったのは、まずかったと思っているようだ。


「良かった、ありがとう。隊員には私から注意する。今日のうちからなんとかしておこうと思う。」


 シークは言って立ち上がった。


「ところで、聞いておきたいが、若様は移動の際に馬車にお乗りになれるのか?ベリー先生に狭いところなどは苦手だと聞いた。馬だと開放的だが、天気が崩れると移動できないという難点(なんてん)がある。それによって、隊形も変わるから確認しておきたい。」


 フォーリが意外そうにシークを見つめた。


「若様は馬車にお乗りになれる。確かに少し苦手ではあるが、動いて揺られるので建物の中よりは、安心されるようだ。窓を細く開けて外の景色をご覧になったりする。」


 シークは頷いた。


「だが、場所によっては馬しか見えないかもしれないが。場所が広ければ、前後だけでなく左右も護衛したいと思う。」

「その辺については任せる。私は常に若様と共に行動する。」

「最初からそのつもりだ。ベリー先生を入れて三人は馬車の中だ。」


 シークは頭の中で隊形をどうするか考えながら言った。


「何か他に必要な物はあるか?」

「必要な物は特にないが、途中でカートン家の駅によって(もら)う。」

「駅?カートン家の?」

「そうだ。ベリー先生がそうするようにと。」


 シークは頷いた。おそらく、ベリー医師も王族の若様を診る以上、宮廷医の一員になるので、その報告をしなくてはならないからだろう。シークは持っていた地図を見せて、道のりの予定をフォーリに伝えた。


「ベリー先生を呼んで貰えないか。」


 話が終わったので、シークが頼むとフォーリが嫌なことを指摘した。


「左手を()てもらうのか?」

「…いや、先生にも伝えたいことがあるだけだ。それにこれは、どうってことはない。」


 気づかれていたことに決まりが悪いが、もう開き直って平然と答えた。


(とげ)の刺し傷は案外治るのに時間がかかる。先生を呼んで来よう。」

「……。」


 いや、刺し傷のために呼んで貰うんじゃないんだけど…。その抗議はシークの中だけで終わった。もう、行ってしまっている。

 やがてベリー医師がやってきた。


「話と…手を怪我したって?」


 いや、手の怪我はいいんだってば。


「先に話を…。」


 シークはベリー医師に若様の体調のほどと、どれくらいの頻度(ひんど)でカートン家の駅に寄ればいいのか聞いた。ある限り、という答えにシークは驚きを隠せない。

 ベリー医師(いわ)く、若様は苦手なことをするので、一日にそう長く進むことはできないだろうと言う。それに、見知らぬ人に毎日、囲まれるのだ。そう考えれば、確かにそう長く進むことはできないだろう。


 シークが納得すると、ベリー医師に礼を言われて面食らった。以前の護衛は自分達の行程の主張ばかりして、若様のことは何一つ考えてくれなかったという。

 それでは、本末転倒ではないか。護衛は安全を確保する者であり、護衛対象の命だけ無事ならいいというわけでもない。それに、体調が悪化して命に関わる事態にならないとも言い切れない。それに、若様の場合、心の安定を一番に考えなくてはならないようだ。


 シークの説明に、やはりベリー医師は意外そうな表情をする。そして、一つ頷いて言った。


「あなたが出世できない理由が分かりましたよ。真面目で筋が通っている。上の方々は面倒だったでしょうから。」

「……。」


 これは…本当かもしれないが、なんて言えばいいのだろうか。笑うか?


「まあ、あなたをちょうどいい厄介(やっかい)払いだと思って、セルゲス公の護衛に推薦(すいせん)したのかもしれませんね。どなたが推薦したのか知りませんが。」


 厄介払いって……。さすがにシークもここまで言われたら落ち込む。ベリー医師は毒舌というか、本当のことをそのまま言うというか。


「まあ、落ち込まないで下さい。上の方々は厄介払いしたつもりかもしれませんが、陛下と王太子殿下に直接拝謁(はいえつ)できた時点で、想定外だったかもしれませんよ。」


 シークは目をしばたたかせた。


「国王軍だからって、常に陛下と拝謁できるわけではありません。以前の隊はただ、勅旨(ちょくし)を賜っただけだった。でも、今回は違う。直接命を賜っているのですから。陛下も王太子殿下もあなたに期待しているのでしょう。」


 そ、そうだったのか…?だが、カートン家のベリー医師の方が読みは合っているのかもしれない。なんせ、カートン家は二百年間途切れることなく、宮廷医を輩出しているのだから。

 シークが呆然としている間に、ベリー医師は勝手にシークの左手を取り、怪我の具合を観察し、薬箱の中から液状の薬を取り出すと、小瓶を(かたむ)けてシークの(てのひら)にかけた。茶色の液はかなりしみた。(またた)く間に手際よく治療されていく。


「まあ、フォーリもこれだけ努力しているから、あなたを認めたんでしょう。」


 それについては、あまり触れないで欲しいとシークは思う。


「いや、ところで先生。聞きたいことがあるんですが。」

「なんですか?」

「コニュータに妓楼はあるんですか?」


 ベリー医師はシークの顔を見て考え込んだ。


「つまり、明日、あなたの部下達が若様に面会した時に、余計な気を起こさないようにするため、今夜のうちに発散させておこうと?」

「……ええ、そうです。」


 シークはもう、開き直って答えた。


「でも、酒が残ってて踏み外したらどうするんですか?それに、やはり妓楼に行ったとバレたらまずいと思いますよ。」

「…た、確かにその可能性もありますが。」

「男として元気にならない薬を飲ませますか?」

「しかし、ずっとそんなのを飲んでいて大丈夫なんでしょうか?万一、敵襲(てきしゅう)を受けた場合、きちんと働けるんですか?」

「…そうですなぁ。」


 二人はしばらく、そんなことを真剣に悩んだ。結局、妓楼も薬もなしになった。そんなことをしたって、毎日、顔を合わせるのだ。慣れるしかない。


「…分かりました。もう、根性でも何でも、とにかく、そうします。」


 シークは悩みながら宿舎に行ったのだった。

 



 その後、ベリー医師とフォーリは若様が寝てしまってから、新しい親衛隊長のシークについて話していた。


「フォーリ、お前はどう思う?あのヴァドサ隊長を。」


「前の隊長よりは良さそうではある。若様の護衛の隊形についても考えていた。馬車に乗れるか乗れないかも聞いてきた。」


「あの手の怪我だって、私の話を聞いてから手に服のピンを外して握っていた。前の護衛達が道を踏み外したことに驚いていたが、自分は大丈夫だとは思わず、対策を取っていた。」


「私には明日、部下達が犯すであろう過ちについて先に謝罪してきた。おそらく若様にみとれてしまうだろうからと。実際に部下達が手を出さない限り、責任は自分にあるから、殺す時は自分一人にしてくれと頼んできた。そこまでされたら折れるしかない。」


「なるほど。かなり真面目だし、気が利く人だ。」

「噂とはだいぶ違うようだ。」


 二人は言って苦笑した。

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