教訓、二十。油断大敵。 5
2025/06/09 改
フォーリはシークの部屋に様子を見に行った。
実はシークに寝込みを襲われないよう、気をつけるように注意しに行ったのだが、音もなく勝手に部屋に入って様子を見た所、熱心に集中して溜まった事務仕事をせっせとしていたため、言いそびれてしまった。
ニピ族は傍若無人のように思われがちだが、フォーリにだって遠慮はある。仕方なく若様の部屋に戻ると、ベリー医師に確認され、言葉を濁した。
「…つまり、言えなかったと?」
とうとうフォーリが頷くと、ベリー医師がため息をついた。
「どうするんですか?」
フォーリだって困っている。う、と言葉に詰まって答えあぐねていると、ベリー医師がまた、ため息をついた。
「仕方ありませんねぇ。今夜だけですよ。交代で様子を時々、見に行きましょうか。さすがに一晩中、寝ずの番というわけにはいきませんから。」
そういうことで、ベリー医師と交代で仮眠を取った後に起きだし、見に行くことにした。
フォーリが部屋の外に出ると、今夜の若様の部屋番はアトーとダロスだった。ダロスは問題を起こしてから後、黙ってひたすら任務をこなしている。みんながきついと思うことをしているようだった。
「ヴァドサの部屋に様子を見に行く。」
不思議そうで、半分眠そうな表情の二人に言った。
「ヴァドサが一番、寝込みを襲われる危険が高い。」
フォーリの説明に、二人は納得したような表情を浮かべた。
そうして、シークの部屋の前に来て、異変を感じた。扉が少し開いている。用心しながら中に入った途端、濃厚な血の臭いがした。明かりがまだついている。消していないということはあの後、仕事中に襲われたのか、消し忘れか…あるいはうたた寝でもしてしまい、そこを襲われてしまったのか。
フォーリはあんまり後悔しないが、今回ばかりは後悔した。
明かりがまだついているとはいえ、薄暗い部屋の中に明かりのランプを掲げ、鉄扇を抜いて警戒しながら部屋の中を進んだ。
血だまりが絨毯に染み込み、黒い大きな染みが広がっているように見える。その先に人が床に転がっている。全身黒づくめの服装からして、敵だ。すでに絶命してから少し時間が経っているようだ。
血が染みこんでいるので、歩くたびに絨毯がグショグショとする。寝台の側にまず一人、仰向けに倒れていた。もう一人は、寝台の上から落ちかかるようにして絶命している。もう一人は寝台から少し離れた所に倒れていた。さらに、その横にもう一人うつ伏せに倒れているが、体が半分…半分になりかかっていた。さらに寝台を少し回った所に、なぜか左足を切られた跡がある遺体が横倒しになっていた。
寝台周りに集中している上、布団がめくれて争った跡があることから、シークは一度寝たらしい。つまり、珍しく明かりは消し忘れたようだ。だが、シーク本人の姿が寝台の上にはない。
フォーリは後ろを振り返り、寝台と戸棚の間にもう一人、倒れているのを発見した。白い服で…寝間着だというのが分かった。親衛隊は制服に皺を入れてはいけない、いつもきちんとしていなくてはいけないので、必ず着替えて寝る。
急いで駆け寄って、明かりを近づけて確かめた。
「!」
全身血まみれだ。返り血なのかシーク自身の血なのか分からない。頭から血を被っている。急いで首筋に手を当てて、生きているか確かめると、脈打つ感覚を指先から感じて心底ほっとした。
「おい、ヴァドサ、しっかりしろ…! 大丈夫か!? おい、大丈夫か?」
肩を叩きながら声をかけるが、目覚める様子はない。シークの右手に握られた剣は血に濡れている。よく見れば近くに短刀も落ちていて、それも血で汚れていた。
フォーリははっとして、鉄扇を後ろに振り上げた。
ガキン…!と音がして火花が散った。もう一人、いたらしい。怪我をしているが、致命傷ではなかったようだ。フォーリはその手負いの敵を倒して気絶させると、シークの髪紐で手を縛り上げておいた。
もう敵はいないか確認してから部屋を出ると、近くのベイルの部屋に向かった。急いで扉を叩く。何回か叩いても出て来ないので、勝手に入って寝台に向かった。
「……たいちょう? あれ? どうしたんですか?」
眠そうに寝台に起き上がって座っていた。
「フォーリだ。ヴァドサが寝込みを襲われた…! 早く起きろ!」
「……たいちょうが、ねこみをおそわれた?」
寝ぼけているので、意味が到達するまで少しかかったが、意味を理解した途端、がばっと布団をはねのけた。
「隊長が、寝込みを襲われた!?」
ベイルはあまりに慌てて、寝台から落ちて転んだ。
「おい、気をつけろ。剣は?」
フォーリに言われて急いで起き上がったベイルは、布団の下から剣を取り出した。
「部屋履きをはけ。ヴァドサの部屋中血まみれだ。」
フォーリは明かりで足下を照らしてやった。ベイルは少し目覚めたのか、急いで自分もランプを灯した。
「先にみんなを起こします。ベリー先生も呼ぶなら、若様の護衛が手薄になる。半分は若様の護衛に行かせないと。」




