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教訓、二十。油断大敵。 4

2025/06/07 改

 フォーリが納得した所で、後ろから吹き出す声が聞こえた。ベリー医師が必死になって大声で笑わないように堪えている。大声を出せば若様が起きてしまう。

 馬鹿にされているようで…気分が悪い。シークとフォーリは黙り込んだ。


「…君達はまったく、真面目だね。それから、フォーリ、説得しようとして自分が丸め込まれてどうするんだ?」


 フォーリが気まずそうにする。ベリー医師は涙を拭いた。


「あぁ、面白いな、君達は。真面目くんと真面目くんが手の抜き方を考えているなんて。どうせ、手の抜き方なんて分からないだろうし、やめた方がいいんじゃないか?変なことになるよ、きっと。的外れでね。」


 ベリー医師の指摘は最もだった。


「……まあ、そうですね。」


 シークはため息をついた。


「…でも、一体どうすればいいんでしょう?」

「とりあえず、ヴァドサ隊長、あなたは隊員達が緩んできたら、今までどうしてきたんですか?」

「まずは訓練を厳しくします。規律正しくするように厳しく指導を。」

「とりあえず、それでいいのでは?」

「そうですか? 隊員達が自立した方がいいという、フォーリの指摘ももっともだと思ったんですが。」


 シークが言うと、ベリー医師は頷いた。ベリー医師はこの中では一番、年長だ。


「…まあ、自ずから、それはおいおい。」


 何か意味を含んでいそうなベリー医師の言葉を考えてみたが、よく分からなかった。


「…ヴァドサ、他にも問題はある。」


 フォーリは真面目な顔で続けた。


「親衛隊の実力に疑いが出てしまった。出し抜けると思わせてしまったぞ。」


 シークは思わず、深いため息をついた。


「分かっている。だから、ノンプディ殿があのような方法で、全体を引き締められたのだろう。」


 実際の所、(すご)い女性である。以前にシェリアのことをベリー医師が泥を被るのに慣れていると評していたが、それがよく分かる一件だった。


「訓練をするにも…若干問題がある。護衛しているから、以前のように全員で一斉に訓練できないな。十人ずつに分けてやるしかないから、全体行動が以前より少し鈍るだろう。」

「…確かにそれは仕方ないことですね。あ、そうだ。」


 相づちを打ったベリー医師が、ぽん、と手を打った。


「どうせなら、レルスリ家とノンプディ家の領主兵をお借りしたらどうですか? 実力を見るために手合わせをして、どうにか十人ほど加えて二十人体制で訓練をしたら、少しは団体行動の訓練ができるはずですよ。」

「確かに理論上はそうですが…しかし、先生、常に共に動く二十人で行うから、意味がある部分もありますし…。」


 シークが言うと、フォーリが横から言った。


「別に二十人にこだわらなくてもいいんじゃないか? 十人対四十人でどこまで戦えるかとか、めったにできない訓練をしたら?」

「親衛隊に配属される前は、圧倒的に不利な状況でどう戦うか、という訓練は度々してきた。必ず行わなくてはならないからな。でも、親衛隊になってからは全くしていないから、二人が言うとおり、そういう訓練をやるだけでも意味はある。」


 シークは言ったものの、まずは自分達だけでしっかり行わなくてはと気合いを入れた。


「とりあえず、部下に話すこともありますし、自分達でできる訓練をしますよ。」


 そう言って、シークは退室した。




 シークが出て行った後、フォーリはベリー医師を見やった。


「先生、さっきはなぜ、隊員達の自立はおいおいと言われたんです? ヴァドサの隊は、隊長のヴァドサに甘えていると思いますが。」

「フォーリ。こういうことは、他人がいくら外からわいわい言っても、意味が無いんだよ。本人達が自覚しないと。それに、遅かれ早かれ、彼らは自立しなくてはならなくなると思う。」


 フォーリは黙ってベリー医師の話に耳を傾ける。


「たとえば、ヴァドサ隊長の実力が一番良くて十だったとしよう。怪我や病気などをするたびに、少しずつ減っていくとする。

 彼はすでに背中に怪我をした。これで一減って、九になったはずだ。私の仕事はこれをできるだけ十に戻すことで、しかし、私がいくら努力しても、十の万全な状態だった、怪我も何もしなかった状態には戻せない。」


「……。」

「フォーリ。これは君にも言えることだ。だけど、一番、ヴァドサ隊長が削られる速度が速いと思う。ニピ族のフォーリ、君よりも早いだろうな。だから、おいおいと言った。」


「…分かりました、先生。ヴァドサが隊員達の目から見ても、弱ったというか、危機に陥っている状態を見なくては、彼らは自覚しないということですね。

 でも、それは矛盾した状況を生むことにもなりかねませんか?親衛隊は強い必要がある。しかし、隊長のヴァドサが弱れば、隊全体も弱いと判断されるでしょう。」


 ベリー医師はため息をついた。


「そうだろう。でも、仕方ない。変わるにはある意味、痛みが伴うことだ。それよりも、私は彼について気になることがある。さっき、聞きそびれてしまった。」

「なんですか?」

「彼は極端に、隊員達が単独行動をすることを怖がっているように思える。軍での教えというより、個人的に何かあるように思えてね。」


 フォーリは、シークのその行動の原因が分かるような気がしたが、黙っていた。ベリー医師にそのことを伝えると、今度はフォーリの方をベリー医師は気にし出すだろう。過去の出来事が人に影響を与えると考えているので、カートン家では人が過去に経験した出来事も気にする。その人の心にどう影響したか、それが問題になることがあるからだ。


「先生は、今回はこれで終わりだと思いますか?」


 フォーリは話題を変えるため、そう聞いてみた。


「…うーん、どうでしょう。お風呂上がりの若様からちらっと聞いた話では、メルを名乗っていた女性の暗殺者。彼女は少なくとも隊長を殺さないと信用が落ちると言ったそうなので、それが気になります。」


 フォーリも同感だった。


「その言葉は彼女自身の信用の問題なのか、それとも組織の信用の問題なのかによって、変わるかと思います。彼女個人の信用問題であって欲しいです。若様もそれを気にされていました。」


 フォーリは、シークに注意した方が良かっただろうかと考えた。


「でも、だめですよ。フォーリ、君が彼のために寝ずの番とかだめです。」

「分かっていますよ。注意だけしておこうと思っただけで。」


 それならよろしい、とベリー医師は頷いた。内心、フォーリは不満に思った。


(当たり前じゃないか。若様の側を離れられないのに…。)


 でも、ほんの一瞬だけ、若様が心配するから頭の中をよぎったのは事実だった。


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