教訓、二十。油断大敵。 3
2025/06/07 改
やがて、外の広場に大勢が集まった。みんな何事かと不安そうに顔を見合わせている。シーク達も来るように言われて、一緒について行った。バムスも黙って見守っている。
シェリアはかがり火が焚かれて煌々と明るく照らされている、演台の上に立った。彼女の前には三人の領主兵が縛られたまま跪かされている。三人はぶるぶる震えていた。考えられることは一つしかない。処刑だ。
「お前達に話があります。この者達は過ちを犯しました。してはならぬことをすれば、どうなるかをお前達に示すため、この夜に招集したのです。よく見ておきなさい。」
そう言うと、広場をゆっくり見回した。
「この三人は、殿下のご入浴を覗こうとしました。」
三人がはっとした。殺される…! という心の叫びと恐怖が目に見えるようだった。
「い、いえ、手伝っただけで、何もしていません! 本当です!」
一人が叫び、後の二人もそれぞれに叫んだ。
「お黙り!」
シェリアが一喝した。
「警備をしている親衛隊を出し抜くために協力しておきながら、今さらやってないなどと言うのか! お前達がしたことは、覗きを実行して殺された者達と同罪です!」
シェリアは三人を見下ろして怒鳴った後、広場を見回して声を張り上げた。
「殿下を侮辱する行為は決して許しません! 覚えておきなさい…!」
そう言って降りると、命じた。
「やりなさい。」
リブスと他に二人が壇上に上がると、剣を抜いて三人の首筋を斬った。首までは飛ばなかったが、血飛沫が上がり、広場にいた者達のほとんどが息を呑んだ。吐き気を堪えている者が何人もいる。
シェリアはもう一度、壇上に上がった。まだ、血で汚れている中に立ち、広場を見渡す。
「いいですか? もう二度とこのような過ちがないことを願います。」
シェリアは言葉を失っているほとんどの使用人達を尻目に、壇上から降りると彼女についている側近を引き連れて、歩き出した。シークの前に来て立ち止まる。
「ヴァドサ殿。これで警備が少しは楽になるかと存じます。」
「…お気遣い頂き、感謝致します。」
とりあえずそう答えたが、彼女からは怒りを感じる。
「…ですが、とても残念ですわ。親衛隊ともあろう者が、簡単に裏をかかれてしまうのですから。」
やっぱりか、とシークは思った。シーク自身が感じた危機感だ。簡単に裏をかかれてどうするのだ。最近、きちんと訓練ができていないせいか、練度が落ちている気がする。どこか気も抜けている気がする。だから、彼女はそこにいたシークの部下達にも、この処刑の場面を見せたのだ。
「申し訳ありません。私の指導不足です。このようなことが二度と起こらないように致します。申し訳ありませんでした。」
シークが謝罪すると、シェリアは冷たい目線で頷いた。
「ええ。そうして下さい。そのためでしたら、わたくしも協力致しましょう。」
「ありがとうございます。」
シェリアの領主としての態度を初めて見た気がした。いつもは若様のことを気遣い、かなり態度を和らげているのだとシークは気づいた。
自分もいつの間にか、気が抜けていたのかもしれない。父の注意をもう一度、噛みしめた。どのような方に親切にされようとも、弁えなさい、と言われたことを。シークに厳しい父であるが、今はこの厳しさをありがたいと思っていた。
シークは戻ると、まずはフォーリに謝った。逆立っていた毛が少し落ち着いた猫のように、フォーリも少し落ち着いていた。若様はお休みになったようだった。
「すまない、フォーリ。私の落ち度だ。どこか気が抜けていたから、こんなことに。」
「違う。」
謝ったのにフォーリはなぜか、そんな言葉を即答で返した。
「お前だけはずっと、気を張り詰めていた。側で見ていたから分かる。だが、お前の部下達は、隊長のお前を頼りすぎている気がする。」
「……そうか?」
「ああ。最近、ベイルをはじめ数人は、お前に頼りすぎないように気をつけ始めた者達がいるが、それ以外はまだまだお前に頼っている。少しはお前が手を抜け。もっと、他のヤツらにやらせるべきだ。」
なんとなく感じていたことだった。でも、どうやったらいいのか、よく分からなかった。今まで任務に手を抜いたことなど、一度も無い。どんな任務でも手を抜くなどあり得なかった。
「…どうした?」
フォーリが考え込んでいるシークに、不可解な表情を浮かべた。
「…私は…手の抜き方が分からない。」
フォーリが一瞬、目を見開いた。
「適当にすればいい。」
「…だが、フォーリ、お前は若様のことを適当にできるか?」
シークが聞くと、フォーリがうっと詰まる。
「…若様のことには、当然手を抜けないが、それ以外のことを適当にすればいいだけの話だ。」
シークは考え込んだ。
「でも…結局、みんな若様のことに繋がるのではないか? だって…私達の任務は護衛なのだし…。一体、どこで手を抜くという?」
「……ああ、確かに。」




