教訓、二十。油断大敵。 1
2025/06/05 改
若様が入浴するので、シークは見張りを厳重にした。なんせ、とても可愛らしいのだ。侍女や侍従達も本当に少年なのか、みんな疑っていた。
厳重にしたものの、自分の隊の隊員が過ちを犯さないか、シークはとても不安だった。だんだん、フォーリやベリー医師にこういう任務を任されるようになってきたが、いつでも不安を拭えない。
シークは入浴している間、若様の部屋に誰も入ってこないように見張っている。今日はベリー医師も一緒に部屋にいた。若様の体調が悪い時は、ベリー医師も入浴を手伝いに行くので一人である。ベイルがいる場合はベイルも一緒にいて貰うが、今日は偽メルの取り調べをしている。
「どうしたんですか、落ち着きがないようですね。」
薬箱の整理をしていたベリー医師に尋ねられ、シークはため息をついた。
「…不安なので。」
「不安ですか?」
「部下達が過ちを犯さないかとか、今晩の場合は何か他に起きないか心配なので。大街道の時は二重三重に仕掛けてきたので、あれだけなのか、心配なんです。」
ベリー医師は頷いた。
「…確かに何か起きる可能性もありますが、心配しすぎても体に毒です。起こらない可能性も頭に置きつつ、少し体の力を抜いて楽にしてもいいのでは?ちょっと気を張り詰めすぎではないですか?」
ベリー医師の言うことも、もっともなのでシークは頷いた。
「そうですね。」
「ところで、お聞きしてもいいですか?」
ベリー医師の様子に立ったまま、シークは居住まいを正した。
「…座りませんか?」
「いえ、気を抜いたらすぐに動けないので。」
ベリー医師は苦笑いをした。
「まあ、いいでしょう。先ほど、メル・ビンクを名乗っていた彼女を捕らえた時、あなたは怒っている様子でした。あなたはいつも、あまり感情的にならないように気をつけています。でも、あの時はいらだちが見えていた。どうしてですか?」
ベリー医師の指摘にシークは頭をかいた。
「すみません。先生にも当たってしまいました。私はいつも、一人にならないように注意していますが、彼らが単独行動をするので。つい。」
「単独行動をしたからですか?」
「はい。」
「なぜ、単独行動をしないように注意しているのですか?」
「それは…!」
「!」
同時に二人は浴室がある奥の部屋を振り返った。普通、水回りの浴室と休む部屋は遠くに別れているが、シェリアは特別に部屋の続きで浴室を作り直していた。高級旅館でも風呂場は別棟にまとめてある方が多い。シェリアは若様を迎えるに当たり、大々的に改修工事をしたようだった。
その浴室からフォーリの大声と共に、何やら大きな音がしたのだ。
「どうした、フォーリ!」
ベリー医師とシークは慌てて浴室に駆け寄った。浴室の戸を開けると、腰に布を巻いただけのフォーリが鉄扇を持って、開けた窓を閉めた所だった。若様は湯船に入っていた。髪の毛を頭の上にまとめており、美少女のようにしか見えず、見てはいけないものを見てしまったかのような気分になる。
「一体、何が起きた?」
「ヴァドサ…!」
フォーリが殺気立って振り返った。睨みながら低い声で怒鳴った。
「どうした?」
シークは部下が何か過ちを犯したんじゃないかと、ヒヤヒヤしながら聞き返した。
「お前の部下達はどこに行った!」
「え!? いないのか? ちょっと、確認させてくれ。」
急いで浴室に入って窓から確認しようとすると、フォーリに立ち塞がれた。
「フォーリ、ちょっと確認するだけだ。」
避けていこうとしても、フォーリは立ち塞がり続ける。
「若様が入っておられる。」
獣が唸るように殺気立ったまま、フォーリが唸る。問答しても時間の無駄なので数秒の戦いの後、シークは折れた。
「分かった。」
急いで回れ右をして、部屋を走って出て行く。なぜ、部下達はいないのか。一体何が起こったのか、分からなかった。嫌な予感がする。やはり、罠は二重にしてあるようだ。
シークが走って外に出て、ちょうど浴室の当たりに来ると、確かに護衛しているはずの部下達の姿がなかった。
代わりに浴室の窓の下に、ノンプディ家の領主兵の制服を着た男が三人倒れている。浴室の周りは中庭のようになっており、そもそも簡単には入れないし、覗けないような作りにしてあった。窓だって湯気を抜き、明かり取りのためにあるような窓なので、そう大きくない。
シークは念のため、三人の脈を確かめた。ニピ族の鉄扇を食らったなら、たぶん死んでいると思ったが、思った通りだった。
「…まさか、覗きでもしようとしたのか?」
シークが一人で呟くと、いきなり窓が開いた。フォーリの顔がぬっと出て来る。
「! うわっ、びっくりした。」
ニピ族のフォーリは気配なく行動するので、こっちは非常に驚き、心臓に悪い。思わず胸の辺りをさすった。
「その通りだ。その三人が若様のご入浴を覗こうとした。それで、お前の部下達はどこに行った?」
「それが、分からない。一体、どこに? だから、油断するなと言ったのに。ジラー、ミブス…!」
部下達の名前を呼ぶ。シークがここに来る前に、別の方から様子を見に行かせていたアトーとダロスもやってきた。
「隊長、いませんでした。」
三人がきょろきょろしていると、微かにうめき声のような声が聞こえてきた。
「しっ!」
耳をそばだてて、どこから聞こえるか慎重に探ると、庭の奥の藪の方から聞こえてきた。三人が慌てて駆け寄ると、猿ぐつわをされて手足を縛られた、イワナプ・ジラーとミブス・ノークがいた。
「お前達。」
急いで三人は二人を助け出した。
「どういうことだ? 誰にやられた?」
「領主兵のヤツらです。便所に行こうと一人になった所で、囲まれて。本気でやったらまずいなと思って、迷ってたら捕まってしまいました。」
ジラーはイワナプ流の剣術流派の息子だ。
「私も何か物音と声がした気がしたので、急いで駆けつけたら、ジラーが捕まっていて、助けようとしたら後ろからやられました。」
「三人にやられたのか?」
シークが確認すると、ジラーがえ?という表情を浮かべた。
「違います、六人です。」
「あ!」
シークも気配に気が付いた。ダロスが一人を柔術技で取り押さえる。ノークもシーク直伝の技で一人を地面に投げ飛ばし、ジラーも「さっきのお返しだぁ!」と言いながら、一人を投げ飛ばした。みんなの柔術技はフェリム意外シークが教えたものだ。
シークが何かする前に残りの三人は捕まった。部下達が捕らえた男達を連行し、フォーリに殺された者達を運ぶため、人を呼びに行った。その間にシークは窓を叩いた。
「なんだ? 聞こえていた。捕らえたみたいだな。」
細く窓を開けてフォーリは言った。
「そうだ。部下がいないと教えてくれてありがとう。助かった。」
「……護衛がいなくなったら困る。」
シークが礼を言うと、フォーリはそんなことを言って窓を閉めた。だんだん分かってきた。フォーリは照れているのだ。可愛いところがある。
「つれないヤツだ。せっかく隊長が礼を言ってるのに。」
ジラーが言うので、シークは彼の肩を叩いた。
「そう言うな。照れてるんだ。」
「え? そういうことか…。へへ。」
ジラーがにやっとした。
「案外かわいいとこあるんだなぁ。へへ。」
ジラーはのんきにそんなことを言っていたが、実際には笑い事ではなかった。後で縛られたジラー達に厳しく注意しなくてはならない。親衛隊が簡単に、裏をかかれてどうするのだ。
(まずい…。最近、緊張感がなさすぎる。失態を犯した後でへらへら笑っている場合か…!?)
すぐにアトーにシェリアに連絡に行かせ、自分達でさっきの広間に、覗き敢行で死んだ三人と、手伝ったと思われる三人を連れていった。




