教訓、十九。暗殺者は身近に潜む。 12
2025/06/04 改
じっと様子を見守っていたバムスが立ち上がった。
「なるほど、分かりました。あなたは捨て駒だ。万一、捕まっても雇われているだけのあなたでは、話を聞き出しても意味が無い。でも、本当にそうですか? そう言うように言われているのでは?」
「…そんなことはない。わたしはそこまで、ヤツらと手を組んでいるわけではないから。妹のことは、しょうがない。だって、因果な商売してるもの。生まれた時から、妹は原因不明の病気だった。だから、天罰が下ったと思ってる。代々、暗殺してきたんだから。」
「そうですか。」
バムスは頷いた。
「それでは、あなたの身柄は私が預かります。」
「……。」
「それに…あなたは彼のことを随分心配していましたが、本当は好きなのでは?」
バムスはロルの方に視線を向けながら、リーネに尋ねる。言われた途端、リーネがはっと顔を上げて反論した。
「! ちょっと、やめて…! あの、ぼんくらを選びたくない!」
「そうでしょうか。では聞きますが、あなたはどんな人だったら、いいんですか?」
バムスは淡々となぜかそんなことを聞く。
「……あんた、何を言いたいのよ?」
「そう、警戒せずに。単なる興味です。」
単なる興味ではないだろうと、そこにいた面々は思った。何か意味があるに違いない。
「……ここにはいない。」
リーネは固い声でとりあえず答えた。バムスの問いに警戒している。
「彼でも?」
とベイルを手でさす。は、とリーネは息を吐いて笑った。
「…やめてよ。副隊長さんは結構、冷たい人でしょ。だって、わたしに対して拷問するの黙って見てた。そっちと、そっちは最初からないし。」
ロモルとモナを顎で示しながら、リーネは答えた。
「では、どんな人ならいいんですか?」
「…まさか、あんた自分を選んで貰いたいの? まさかよね。だって、おじさんだもん。きっと、そっちのニピ族とあんまり年齢変わんないでしょ。見た目は若いけど。
まあ、妥当な人って言ったら、隊長さんよね。顔も性格もいいし、名前もいいし、かなりいい条件揃ってるもの。どれだけ顔がよくても、ニピ族なんか最初からあり得ないし。」
リーネの答えにベイルとモナ、ロモルの三人は難しい表情になった。ベリー医師の懸念した通りだ。
「ふむ。やっぱり、ヴァドサ殿は私が思ったとおり、女性にモテるんですね。そうだと思いましたよ。でも、自分では気づいてないのですから、鈍い方ですね。」
バムスが納得している。
「こんな暗殺家業を生業としている、生き馬の目を抜くような世界で生きてきた女性も、ヴァドサ殿を選びましたか。」
「…そんな!」
その時、ロルの悲痛な声がした。
「…り、リーネは本当は隊長のことが好きだったのか!?」
リーネの前に立って詰め寄る。言われた方の彼女は目を丸くした。
「あんた、話、聞いてた? 仮の話でしょうが。わたしが選ぶんだったらの話じゃないの。」
「やっぱり、好きなんじゃないか! ひどいや! …お、おれは君に心を捧げたのに…!」
「だから、何度も言ってるでしょ! 馬鹿ね! 私はあんたのことは、好きでも何でもないって何度言ったら、分かるのよ!」
「…う、ううう。」
ロルは子どもみたいに泣き出した。そして、さっきリーネの鼻水を拭いた懐紙で涙を拭う。
「! あんた、汚い! それ、さっきわたしの鼻水拭いた紙でしょうが! 目が病気になったらどうするの! やめなさい!」
「だって…。」
リーネの反応を見たバムスは、得心がいったように頷いた。
「なるほど。私は分かりましたよ。」
バムスはにっこり微笑んだ。リーネにとってロルは弟のような気持ちにさせるのだ。もしかしたら、弟がいたのかもしれない。この勝ち気な暗殺者を手元に置いて見張る限り、ロルは必要だ。彼に軍をやめられたら困る。いずれ、リーネを使う時が来るかもしれない。彼女の正体を詳しく調べた後、もし、彼女が言うとおりに家族を殺されていたら、ロルが代わりに彼女の人質になり得る。
それにしても、シークの隊は面白い個性の隊員ばかりだった。彼女の言う通り、いささか気の毒な気もしたバムスだった。




