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教訓、十九。暗殺者は身近に潜む。 10

2025/06/04 改

「…何というか、初めて見る拷問(ごうもん)の仕方でした。これは気持ち悪いです。森の子族は一風変わった方法を用いるんですね。しかも、彼女は結局、何も痛い目に()わなかった。」


 バムスが感心していた。ベイルはなんて答えるべきか分からなかったので、聞こえなかったふりをしてロルを呼んだ。


「彼女の顔を()いてやれ。」


 懐紙を渡して言うと、ロルはおずおずと受け取って偽メルの前に立ち、そっと涙と鼻水を拭き始めた。


「! ちょっと、何よ、あんた! 何するのよ!」

「…ごめん、拭いてあげようと。」

「余計なお世話よ! 余計に鼻水が伸びたじゃない…! 拭くならもっとまともに拭きなさいよ! それから、涙を先に拭いてよ! 鼻水拭いた所で目をこすらないでよ、汚いじゃないの!」

「ご、ごめん。」


 偽メルに怒鳴られて、ロルは慌てて拭き直した。


「ほんっと、あんたって使えないヤツね! 信じられない、あんたみたいなのが親衛隊に入ってるって…!」


 偽メルに毒づかれて、ロルの顔が歪んだ。ロルの両目から涙が溢れる。ロルの涙に偽メルが(ひる)んだ。


「! な…何よ、あんた、なんで泣くのよ! 事実でしょうが…!」

「……だって。俺、メルが偽者で…悪かったって分かっても、メルのことが嫌いになれない。だって…。」


 偽メルが呆れたように目を見開いた。


「……あんた、馬鹿じゃないの! 本当にしょうがないヤツね! なんで、わたしみたいなあばずれを好きになるのよ…! いい、わたしみたいな女を好きになったら、ダメなの!

 あんたみたいな男は、いいカモなんだから…! お金取っておしまい! 結婚前に逃げられておしまいよ…! 何も分かってないわね!」


 ロルの純朴さに呆れたのか、偽メルは説経を始めた。


「ほんと、田舎の純朴な青年のまんまで、呆れるほどのんきなんだから…! そんなんで、今までよくお金をだまし取られなかったわね…! 悪い女はごまんといる…! 親衛隊なら尚更よ!」

「騙されそうになったことは、三回あるけど…実際には一回、取られて隊長が取り返してくれた。」


 ぐすっ、と鼻水をすすったロルが言うと偽メルの目が点になった。


「後の二回もそれはダメだと、取られる寸前に止めてくれた。」

「……。」

「街のごろつきに無理矢理、賭博場に連れて行かれた時も隊長が助けてくれた。いつの間にか借金させられそうになってたけど、隊長のおかげで借金をしなくてすんだ。なんでなんだろう? でも、とにかく助かった。」


 偽メルはもはや呆れて言葉を失っている。


「…それから、国王軍に入って、一番最初の休みの時、家への帰り方が分からなくて、隊長に教えて貰って……結局、一緒に帰ってくれた。」


 偽メルの口から、あ、あ、あというような言葉が()れた。


「あんたはどこまで馬鹿なんだ! 隊長はあんたのお父さんかぁ!」


 縛られたまま足を振り上げて、ロルの向こうずねを()った。


「いっってぇぇ!」

「なんだか、痴話(ちわ)げんかみたいになっていますね。」


 バムスがあくびをかみ殺しながら、感想を述べた。

 ベイル達も何を言ったらいいのか、分からなかった。しかし、もしかしたら偽メルも、案外ロルが気に入っているのかもしれない。だから、呆れつつも説経を始めたのだ。


「メル、痛いよ…! なんで蹴るんだよ!」

「何度言ったら、分かる! わたしはメルじゃない!」

「じゃあ、本当の名前、教えてくれよ! 教えてくれなきゃ、分からないじゃないか…!」


 すると、偽メルがはっとした。黙り込んでうつむいた後、ため息をつき、口を開いた。


「………リーネ。」

「え?」

「リーネ・ストータ。これがわたしの本名。メルって呼ばないでくれる? わたしにだって、若干の良心はあるのよ…!」


 偽メル…リーネの告白に、やはり彼女はロルに惹かれているのだとその場にいた人々は思った。


「…リーネ。それが君の本当の名前か。リーネ、じゃあ、やっぱり本物のメルは君が……。」


 ロルの問いにリーネは(うなず)いた。


「えぇ。私が殺した。潜入するに当たって必要だったから。ちょうどいい子を探してたの。そしたら、彼女がたまたまいた。悪いことをしたのは分かってる。だから、苦しまないように一発で殺したの。殺されたって分からないまま死んだと思う。」


 リーネはロルの純朴さに、彼女なりに胸を打たれたのか話し始めた。


「それにしても、あんた、本当に間抜けなのね。普通、自分の故郷に帰る道順くらい、覚えてるでしょ?」

「だって、生まれて初めて街を出たから、道順を覚えてなきゃいけないって知らなかったし、故郷でも初めて国王軍に入ったのが俺だから、休みがあって帰って行けるって誰も知らないから、誰も教えてくれなかったんだもん。」


 リーネは頭を抱えた。


「…ほんと、あんたの隊長さんに同情するわ。なんか、貧乏くじばっかり引いてるんじゃないの?」

「そういえば、さっきの意味、分からなかった。隊長はお父さんじゃないし、隊長は隊長で、父ちゃんは父ちゃんだよ。」

「……もう! そういう意味じゃないの! あんたがまるで子どもみたいだから、親みたいに面倒を見なくちゃいけないって、皮肉を言ったのよ!」

「…そういう意味だったのか……。」


 ロルは意味を知って落ち込んだ。

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