教訓、十九。暗殺者は身近に潜む。 9
2025/06/03 改
「ふうん。マウダに似てるけど、違うよな? 何かの秘密の組織かな?」
モナは考えながら言う素振りを見せているが、ニヤリと笑う。
「お前…俺達がこの組織のことを暴けないと思ってるんだろう? 何も分からないと。実は分かっていることがある。」
「……何よ? 何を分かったって?」
「ほう。知りたいか?」
偽メルがごくりと唾を飲み込んだ。組織の正体がばれることを極端に怖れているようだ。
「お前さ、本当はこの指輪の組織の一員じゃないんだろ? この指輪は預かり物だ。あの黒づくめの連中。お前が指示してもすぐに動かず、その上、外のヤツらが失敗したか何か問題があったと判断した途端、内側の二人はお前を置いて逃げようとした。足止めをしようとしたという、楽観的な見方もできるが、本当はお前を置いて逃げようとしたんだろうな。」
そこで、モナは区切って笑った。モナは人から聞いた話を元に話すのが上手い。まるで見ていたかのように話す。
「お前はその組織に雇われた。そして、この指輪を持っていないと、その組織に連絡ができない。応援もこの指輪がないと呼べない。指輪を持ってなかったから、黒づくめの連中がお前を置いて逃げようとした可能性もある。」
ロモルが笛を吹くのをやめて、偽メルに近づいた。蛇は途中で巻くのをやめている。
「お前が会っていた領主兵の中に、お前と組織を繋ぐ連絡係がいたんだろう。そして、その者はお前の監視でもあった。そうじゃないか? だから、お前はロルがモナと一緒に現れて、指輪について確認した時、慌てたんだろう。どこで見られているか分からない。その上、指輪をなくしたとあったら、この先、お前は見捨てられるかもしれない。」
「そして、お前の杞憂は見事に当たった。」
「………どうして、領主兵だって分かるのよ?」
「証拠を見つけたし、領主兵に紛れているのが、一番、可能性がある。」
「…証拠……ですって?」
モナは頷いて見せた。
「それに、お前、元々一人でやってたんだろ? ここに来る前に隊長に確認したが、お前、やっぱり一人でやるべきだった、と言ったそうだな。
だから、隊長も本来、お前は一人で活動する暗殺者だが、手を組まないかと誘われて乗ってみたものの、自分のやり方に合わないことは、すべきでなかったと後悔している様子だったと言った。」
「時間がなかったから調べられなかったが、お前が一人でやっていた時の犯罪の証拠はないか、調べれば何かしら出て来るだろう。」
「明日になれば、もう少し分かるな。」
「……ふん、何よ、結局、脅しておいて何も分かってないんじゃない。」
偽メルはふん、と馬鹿にした笑いを浮かべた。そこで、ロモルが腰にぶら下げているネズミを袋から一匹取り出した。
「今からネズミをお前の服の中に入れる。すると、どうなると思う?」
ロモルの質問に偽メルは顔をしかめた。
「……ただ、服の中に入ってるだけじゃないの。」
何、分かりきったことを言ってるのよ、という表情を偽メルは浮かべた。
「ただ、お前の服の中にいるだけじゃ済まない。お前の首に蛇がいるのを忘れたのか?」
偽メルは苦り切った表情を浮かべた。反応からしても蛇は嫌いなようだ。
「分かるだろう?蛇はネズミの天敵だ。それが二匹もいる。二匹の蛇に対してネズミは一匹だけだ。餌を取ろうと蛇はネズミを追いかけ、服の中に入り込む。
だが、ネズミはただ逃げるだけじゃない。恐怖に怯え、あちこちかじる。かじるのはお前の体だ。かじってどこかに隠れる所はないか、探し続ける。もちろん服の外に出ないように、手首などの口は縛る。」
「……。」
随分、気持ち悪い拷問だ。何も言わないでいる偽メルに、さらにロモルは何事か耳打ちした。さすがに偽メルの顔色が悪くなる。
「普通の死に方じゃない。悶絶してのたうち回った上に死ぬ。それでもいいか?」
「……。」
無言だったので、ロモルは偽メルの服の襟首からネズミを押し込んだ。ネズミの臭いに蛇が反応して動く。
「! ひっ!」
偽メルがたまらず悲鳴を上げた。ロモルが笛を吹くとネズミが動き出し、蛇もすーっと動き出す。
「!! ひぃぃぃ! いやぁぁぁ!」
ネズミが逃げ回り、蛇が肌の上を走る感触に偽メルが悲鳴を上げた。まずは一匹目が完全に偽メルの服の中に入っていく。
「! ぎゃあぁぁぁ! やだぁぁ!」
「じゃあ、言え。」
偽メルは涙目で首を振った。ロモルが曲の曲調を変えた。途端、蛇の動きの速度が増した。
「ぎゃ! いたい! やだぁ! やめてよ! 気持ち悪い!」
「言え。言ったら終わる。」
「ひぃやぁ! い…言ったら、こ、こ、殺すんでしょ…!」
「殺さねぇよ。」
偽メルは首を振った。
「ち、ちがう…! やだ、やだ、そこ行かないでよ…! もう、やだ! 殺される! 言ったら、殺される! きゃぁぁぁ!」
しばらくしてネズミは偽メルの服の裾から逃げ出したが、彼女は気づかなかった。ロモルの頭上のフクロウがさっと飛んでネズミをさらった。サミアスが窓をすかさず開けたので、そこからさーっとフクロウは出て行った。部屋の中で餌のネズミを食べ始めたら困るからだ。
まだ、二匹の蛇は偽メルの服の中で動いていた。
「言うか?」
「ひぃぃ!」
しばらく抵抗していた偽メルだったが、ロモルの巧みな誘導による蛇の動きに耐えきれず、とうとう叫んだ。
「…く…くろ、ぼうし…黒帽子よ……!」
「黒帽子?」
「…そ、そうよ、言ったでしょ、取ってよ! その指輪の模様の組織は黒帽子だってば…! あんた達の推測どおり、わたしは声をかけられて、今回だけ黒帽子と手を組んだの…! でも、とちったのよ! だから、このざまよ!」
ようやく蛇が彼女の服の裾から出てきた。偽メルは縛られたまま座らされている椅子に、ぐったりと体重を寄りかからせた。偽メルの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
ロモルは蛇を捕まえると窓から放した。さらにネズミも袋から出して、蛇の側に捨てた。ネズミはかちこちに固まっている。ロモルが笛を吹くと、蛇もネズミも目を覚ましたかのように動き出して、ネズミは走り蛇も追いかけていった。




