教訓、十九。暗殺者は身近に潜む。 7
2025/06/02 改
その頃、広間ではメル・ビンクを名乗っていた女の他、捕まえた者達の尋問が行われていた。
隊長のシークの発言とシェリアの言ったことから、取り調べの中心はバムスだと思っていたが、バムスは親衛隊に譲ると言ったので、ベイルやモナは驚いた。
「親衛隊の皆さんのお手並み拝見というところです。」
たぶん、バムスの方が上手いだろうと内心でベイル、モナ、ロモルは思っていた。ロルはひたすら沈黙している。時々、メルを名乗っている謎の女の方を見ているが、未だ信じられないという表情をしている。
「思う存分どうぞ。」
とバムスはにっこりしているが、目は真剣だ。失敗できないとベイルは、内心、冷や汗をかきそうだった。失敗すれば隊長のシークの評価が下がる。バムスが領地に帰っていないのは、おそらく親衛隊の全体の評価なども見極めるつもりだろうからだ。つまり、隊員達全員の動向を見ているのだ。
モナがカンカンになって怒ったのも、バムスのそういう思惑があるからだろう、という予想を立てていたから余計だ。部下がそういう失敗をすれば、全て隊長の責任になる。指導が行き届いていないということになる。
ベイルは少し考えて、モナとロモルに向き直った。
「二人に話がある。」
小声で二人にだけ伝える。
「分かっていると思うが、失敗は許されない。私達の失敗は隊長の全責任になる。必ずあの女から、何か聞き出さないといけない。」
ロモルとモナは神妙に頷いた。二人とも表情に危機感が表れている。
「だから、許す。隊長はあまりいい顔はしないだろう。でも、成果が出ないよりましだ。少しくらい隊長があまり許さないこともやっていい。」
ロモルとモナがふーん、と考える表情になった。二人には具体的に言わなくても通じている。森の子族のロモルだが、普段は大人しくても森の子族は案外、拷問は激しい。サリカン人とは違う趣向の拷問がある。リタ族ほどではなくても、怒らせたら怖いのだ。
モナはいわずもがな分かっている。いつの間にか人の弱みを握っているヤツである。おそらく、偽メルの弱みも握っている。大体、あの印章付きの指輪もモナが発見している。
「分かりました、副隊長。」
「やっていいのなら、やります。」
二人はどこか柔和な微笑みを浮かべた。その表情を見て、さっそくベイルは後悔した。
(やっぱり、まずかったかな…?)
「…少しだぞ。あんまり度は過ぎるな。」
一応、釘を刺しておく。
「はい、分かってます。」
「隊長の名を汚すわけには、いきませんからね。」
二人はそれぞれ頷くと、偽メルの前に立った。
「さっそくお前から話を聞こう。まずはお前の名前だ。猿ぐつわを外してやるから、素直に言えよ。」
「言わなかったり、自害しようとしたりしたら、お前の指をネズミに少しずつ食わせる。」
モナが言った後にロモルが続けた。偽メルは鼻で笑った。
「嘘じゃない。魔法でもない。この笛でネズミの曲を吹くと、ネズミがたくさん集まってくる。どのネズミにするか? トガリネズミか野ネズミかドブネズミかクマネズミか…。」
ベイルは慌てて、まだネズミの種類を言いそうなロモルを制止し、広間の隅に呼んで注意した。
「ロモル、ここはノンプディ家の屋敷だ。その上、若様もいらっしゃる。そこに大量のネズミを呼び込むのは、非常にまずい。とりあえず、一匹か二匹にしておけ。」
ロモルの一族は“動物使い”の異名を持つププ一族だ。その名の通り、笛で多くの動物を操ることができる。なぜ、その笛で曲を吹けば動物が動くのか謎であるが、とにかく現実に動物達は動くのだ。笛は先祖代々、作り方を習って作るのだという。
以前、国王軍の宿舎内で、異常繁殖していた野ネズミをその笛で呼び集めたことがある。ロモルにしてみれば早く対処できるようにと、親切心で呼び寄せたのだが大変な事態になった。部屋の真ん中で野ネズミの大群が押しくらまんじゅうをするようにグルグル回っていたのだ。あまりにも大量で何か正体不明の大きな動物がうごめいているようだった。
個性的な隊員達が色々しでかしても、おおらかに笑っていたシークでさえ、あの時は思考がしばらく停止していた。どうやって、殺処分したらいいのか分からなかったのだろう。
結局、地面に大きな穴を掘り、袋に詰めて食い破ってこないうちに薬草でいぶしながら燃やして処分した。実に大変だった嫌な記憶だ。それを否応なしに思い出させられる。
「一匹だけだと、可愛いだけですが…。」
「一匹だ…!」
ベイルが強く言ったので、ロモルは頷いた。
「分かりました。外に行って、一匹だけ捕まえてきます。」
そう言ってロモルは外に行った。
「…ネズミを捕りに行ったんですか?」
その様子を見守っていたバムスが、不思議そうに尋ねた。
「はい。ハクテスの一族は森の子族の中でも、動物使いの異名を持つ一族です。本当にネズミを大量に呼び集められます。ネズミだけではありませんが。ですから、一匹だけ捕ってくるように言いました。」
ベイルの説明にバムスはくすりと笑う。
「よほど、嫌な思い出があるようですね。」
そんなに嫌そうな顔をしていたのだろうか。一発で見破られた。




