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教訓、十九。暗殺者は身近に潜む。 6

2025/06/02 改

 シークはなんだか無性に腹が立ち、その空気を払いのけたかった。若様に刺客を送り続ける叔母に対して、一番腹が立つが、若様のことを考えずに好き勝手に担ごうとする貴族や議員達、彼らにも腹が立つ。そして、自分は非力で何もできない、弱虫だと思っている若様に対して腹が立った。


 自分で弱虫だと思っているから、弱いのだ。非力だと思っているから、非力なのだ。確かに今の状況を簡単に変えることはできないが、だが、引いても引いても、向こうは押して押して攻めてくるのだから、自分の状況を変えるには、自分が変わるしか方法はない。


「…若様。強くなりたいですか?」


 若様が怒りを押し殺したシークの声に泣き顔を上げた。とても美しくて(はかな)げな表情に危機感を覚える。このままでは“佳人薄命”という言葉が、そのまま現実のものとなってしまいそうだった。フォーリは若様にとても甘い。ニピ族は自分の主に対しては、どこまでも甘いのだとしばらく一緒にいて痛感している。


「……強くって…なれるなら…なりたいよ。でも…私は…強くなれない。剣を持ったらいけないから……。」


 シークに対して王は注意しなかったが、若様は武術を身につけてはいけないと、言われているらしい。


「そんなことは関係ありません。今、私が聞きたいのは、若様が強くなりたいと心から思っているかどうかです。弱い自分を変えたいのか、変えたくないのか、それを聞きたいのです。」


 じっと目線をそらさず、シークが若様を見据えて尋ねると、若様は手の甲で涙を(ぬぐ)い、(うなず)いた。


「…強くなれるなら、強くなりたいよ。泣き虫だって…卒業したい…。」

「では、強くなればいい。力を持てばいい話です。」


 シークの言葉に若様は、はっとした。


「力って、でも…!」


「力がすなわち、権力ではありません。たとえば、優しさだって力だと私は思います。若様が得るのは、自分を守る力です。迷惑をかけていると思うのなら、力を得て強くなればいいのです。確かにフォーリも、私も殺人技を身につけています。


 でも、それは多くの人を守るために使うのであって、積極的に誰かを殺すためではありません。戦争時には積極的に殺す必要が生じますが、それ以外の時には、必要ありません。自分を守れて初めて、他の誰かを守れるのです。他の誰かを守りたいと言っても、自分自身を守れないのに、できるわけがありません。


 もし、若様がご自分の身を守れるようになれれば、フォーリや私達の負担は減ります。もし、若様がご自分でできることが増えれば、フォーリの負担は確実に減るでしょう。人に迷惑をかけたくないというのなら、嘆いてばかりいないで、努力をしなくてはいけません。その努力をしないでは、誰も強くなれません。」


 若様は目を見開いてシークを見つめていた。


「でも…いいの? だって…叔父上に…報告をしたら…。」


 若様は叔父である王に報告が行ったらいけないと思い、あきらめていたようだ。


「報告は致しません。」


 シークはきっぱり言った。実際に王から若様に武術を教えてはならない、と言われていない。


「え!?」


 若様をはじめ、フォーリとベリー医師も(おどろ)いている。


「私は陛下に、若様に武術を教えてはならぬ、と言われておりません。ですから、教えても何ら問題はありません。」

「いや…でも、セルゲス公の位を受けた時に、そういう通達が出ていたはずだが…。」


 フォーリが言ったが、シークは繰り返した。


「国王軍ではそんな通達は出ていないし、陛下と拝謁した時も、セルゲス公を鍛えてはならないと言われなかった。だから、何も問題ない。」


 シークの言葉にぽかんとしていた面々だったが、ベリー医師が笑い出した。


「っははは、あぁ、なるほどね。もしかしたら、陛下はそこに賭けていたのか。」


 笑いながら意味不明なことを言う。思わずシークは若様と顔を見合わせた。フォーリはふーむ、という表情をしている。


「でも、公にはそんなことはできませんよ、やはり。王妃の間者もいるでしょうし。どうしますか?」


 笑い治まったベリー医師に、冷静に返されてシークは頷いた。


「問題ないです。若様はただ、鬼ごっこをしているだけですから。」

「? 鬼ごっこ?」


 若様の様子に、シークは鬼ごっこを知らないのか!?と、そこにびっくりする。


「もしや、鬼ごっこが分かりませんか?」


 シークが尋ねると、若様はおずおずと頷いた。


「…な…名前は知ってるよ。でも…ほとんどしたことはないの。」


 そう言って、若様は(ほお)を紅潮させた。知らないことが恥ずかしいらしい。そういう感情が戻ってきているのは、いいことなんだろう。ベリー医師の話からしても、若様はきっと心が凍りついていたのだろうから。


「ご存じないなら、ちょうどいいです。まずは普通の鬼ごっこをしましょう。」


 シークが言うと若様は、首を(かし)げた。


「誰とするの? 何人かでする遊びだっていうのは知ってる。子どもは私の他にいないよ。」


 鬼ごっこは子どもの遊びだと思っている。まあ、普通はそうだ。


「私達とですよ。親衛隊が二十人いますから。けっこう、大がかりな鬼ごっこができますね。」

「え!? …親衛隊と?」


 すると、そこで、またベリー医師が吹き出した。


「…ははは。なるほど、見えてきましたよ。ヴァドサ家は兄弟が多いですよね?分かりました。なるほどね、意外な柔軟性があるんですな。」


 ベリー医師は一人で何やら納得している。そんなベリー医師を見て、若様は不思議そうな表情をしている。いつの間にか、涙は止まっていた。良かった、とシークは思う。泣いてばかりでは不憫(ふびん)すぎる。


「今日は夜なので、明日から鬼ごっこをしましょう。」

「さすがに明日か。今からすると言うのかと思った。良かった。」


 シークの言葉に、フォーリがぼそっと言ったのだった。

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