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教訓、十九。暗殺者は身近に潜む。 4

2025/06/01 改

 広間には緊張した空気が漂っていた。


「どう致しましょう? ヴァドサ殿。」


 シェリアは扇をゆったりと(あお)ぎながら聞いてきた。この捕まえた者達をどうするか、ということである。シークの答えは決まっていた。


「私達は親衛隊です。取り調べが主な任務ではありません。ここはノンプディ殿のお屋敷です。ここに侵入した者達の処遇については、ノンプディ殿に一任すべきことかと思います。

 ただ、殿下に害をなすために侵入した者達であるので、それを調べるために副隊長のベイル、また一緒に調べていたハクテス、スーガ、さらにメル・ビンクを名乗っていた女と関係があった者として、オスターの四名を共に取り調べに参加させて頂ければありがたいと思います。」


 たとえ、シェリアが誘ってきたとしても、絶対に公私混同しない、また、バムスが信用してくれたとしても、これもまた、絶対に公私混同しないと決めている。国王軍に入った時から、父のビレスに注意を受けていたことだった。目上の方がどんなに親しくして下さったとしても、(わきま)えるようにと言われていた。どんなに親しくなろうとも、礼儀を決して忘れないように、と。


 それは、正しいことであるとシークも納得しているので、父の注意を今まで忠実に守ってきた。

 シークの態度に、のんきな数名の部下達はいささか驚いた様子だった。シークを分かっている者は、そうは思わないが。シェリアは少しだけ、残念そうな表情を浮かべた。だが、それ以上は態度にも言葉にもおくびに出さなかった。


 バムスはと言えば、シークの性格を正確に把握している一人だったので、黙ってシェリアの判断を待っていた。


「さようですか。分かりましたわ。ヴァドサ殿の言われる通りに致しましょう。そして、せっかくバムスさまがいらっしゃるので、バムスさまにこの件は一任致しますわ。おそらく、前回の街道の事件と繋がっておりましょう。バムスさまがお調べになるのが、一番だと思います。わたくしには経過や結果を教えて下さいな。」

「分かりました、シェリア殿。」

「ええ、お願い致しますわ。使用人として雇った怪しげな者達の刑罰についても、一任致します。なんせ、セルゲス公殿下の殺害を企てたのですから。そこは、ヴァドサ殿に権限がありましょう。」


 この二人は話が分かる人達なので、非常に早く話がまとまった。

 シークは取り調べに参加する四人を残し、若様を護衛してすぐに部屋に引き上げた。若様は緊張して、さっきからフォーリにつかまっている。おおよそ、フォーリにつかまっている時は、若様の体調が悪いことが多い。暗殺者達がやってきて、精神的に疲れているはずだ。


 若様を寝かせるため、フォーリはいろいろと準備を始めた。入浴はもう少し、若様が落ち着いてからするという。できるだけ、若様の護衛は昼夜で交代するようにしているが、今日ばかりはそうも言っていられない。昼間の護衛をしている隊員達に、すまんな、と言いながら一緒に護衛の任に就かせる。ただ、部屋の中にはシークだけが入るのを許されている。


 ベリー医師が若様を落ち着かせるために、香りのいいお茶を()れた。


「若様、大丈夫ですか?」


 ベリー医師が静かに問診する。


「…どうしてかな?」

「何がですか、若様。」


 若様は茶器を、両手で包み込むようにして持ったままうつむいた。


「…何事もなかったように、本当のメル・ビンクを殺したって、言ってた。運悪く橋から転落したって言ったけど、嘘だって私にだって分かった。彼女が突き落としたんだって、もしくは毒の吹き矢で殺して、突き落としたんだろうって分かる。


 …どうして…どうして、簡単にそんなことができるの? なぜ、何事もなかったように、そんなことを言えるの? 彼女は平然としてた。平然とそんなことを言って……。私には…そんなことできないし、あんなに平然としていられないよ。あの人、暗殺家業に誇りを持ってた。人を殺すことになんで、誇りを持てるの?」


 若様の言葉は、フォーリもシークもはっとさせた。二人とも形は違えど、いわば“人殺しの極意”を身につけているのだから。二人の心に若様の言葉は、深く突き刺さった。ベリー医師は二人を振り返り、はっとしている様子を見て軽く息を吐いた。


「若様、フォーリとヴァドサ隊長をご覧下さい。」


 ベリー医師の言葉に、二人は慌てて表情を取り繕おうとしたが、一歩若様の方が早かった。


「あ…。」


 若様が二人の表情を見て、気まずそうになる。


「どうして、あんな表情になったか分かりますか?」


 若様は二人の方をちらりと見てから、うつむいて小さな声で答える。


「私が言ったことのせい? だって、二人とも…。」

「若様の仰ったことは、とても正しいです。ただ、二人とも…フォーリのニピ族の舞もヴァドサ隊長の剣術も、誰かを守るために二人はその力と技を使いますが、突き詰めれば殺しの(わざ)意外のなんでもない。二人とも殺しの技の達人ですから。」


「じゃあ、二人ともやっぱり、私が言ったことのせいで傷ついたの?」

「傷ついたというより、はっとさせられたのでしょう。若様の仰ったことは、とても正しいですから。でも、その技がなければ若様は今ここに、いらっしゃいません。すでに殺されてしまっているでしょう。」

「…それは、分かってるよ。ただ、私が言いたいのは…。」


 責められていると思った若様が、泣きそうな表情になる。


「若様、最後までお聞き下さい。私は若様を責めているわけではありません。二人の表情をご覧になったでしょう?」


 若様は(うなず)いた。


「……二人とも辛そうな顔だった。」


 ベリー医師は頷いた。


「良かったですね、若様。」

「え?」


 若様が(おどろ)いて、にっこりしているベリー医師を見上げた。


「良かったって? どうして? どういう意味なの?」

「だって、フォーリもヴァドサ隊長も、好き好んでその身につけた技で、人を殺すわけではないと分かるからです。二人が若様の言葉を聞いて、こんな表情をする限り、二人は血の通った人間であると分かります。若様の側には血の通った人間がいて、護衛しているのです。これが、どんなに良いことか。」


 ベリー医師の言葉も、痛烈に痛い。フォーリとシークに対する、ベリー医師からの忠告なのだ。人を斬っても、なんとも思わない人間になるな、そんな人間は若様を護衛する資格はない、そんな人間に側にいて貰っては困るという忠告だ。

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