教訓、十九。暗殺者は身近に潜む。 3
2025/05/30 改
偽メルが動こうとしているので、シークは勢いよく扉を開けた。扉の前にいた偽メルに激しく当たり、彼女が吹いた吹き矢が廊下の壁に突き立った。偽メルも突き飛ばされ、廊下の壁にぶつかる。ぶつかった所で、柔術技で抑えて吹き矢を取り上げた。
「……っ! いったぁ…。」
偽メルが呻いたが力を緩めなかった。自分で暗殺者だと言っていたのだ。それよりも、ロルを馬鹿にしていることが腹立たしい。
「純粋で何が悪い…! 確かにオスターはのんき者だが、お前が捨てた純粋さは大切なものだと、お前だって本当は分かっているはずだ。だから、オスターを見下して優越感に浸っているんだな。お前が捨て去ったものを今でも大切にしているから、腹立たしかったんじゃないのか…!」
「……隊長。」
ロルが泣きそうな声を出している。
「隊長、なんで出て来るんですか…!」
モナの声がした。
「お前達が来ると分かっていたからだ。だが、来るのが遅い…! この女はオスターを殺そうとしていたぞ…! 早く縛り上げろ。」
シークの声に険があるのが分かった部下達が慌てて走ってきて、偽メルを縛り上げた。
「スーガ、なんでオスターを一人にした? お前の作戦だと分かったが、オスターはてっきり誰かと一緒だと思った。他にも二人の侵入者がいる。さっきまでは黒装束を着ていた。それから、図書室前にジルム、ハング、ザン、ドンカが倒れてる。この女の吹き矢の毒に当たっている。ベリー先生は呼んだか?」
「今、来られます。」
ロモルが急いでやってきて報告した。
「隊長、遅くなって申し訳ありませんでした。その、外には黒装束の一団がいて、それを捕らえるのに手間取りました。」
「…わ、私が悪いんです…! メルのことが気になって、本当に悪い子だって思えなくて、一人で先に来たんです! ハクテスやスーガが悪いんじゃないです! 一人になるなって言われました! メルに殺されるって、言われました。でも、信じられなくて、一人で先に来たんです…! すみませんでした…!」
ロルが涙声の大声で謝罪した。
「分かった。お前もメルが悪い女だと理解したな?」
シークの確認にロルは頷いた。
「……はい。あの、メルに最後の別れを言ってもいいですか?」
それくらい、させてやりたかったがシークは引き止めた。
「だめだ。その女は毒を使った技を使う。念のため、猿ぐつわを後ろから噛ませろ。自害をするかもしれないし、口に何か隠し持っている可能性もある。」
隊長命令に数人がすぐに動いた。後ろから偽メルを押さえて口を開けさせて確認し、何か丸薬のような物を二つ吐き出させた。両方の奥歯と頬の間に隠し持っていたようだ。
「な、隊長の懸念通り…。」
そうした後で猿ぐつわを噛ませた。偽メルは抵抗したが、なんとか彼女の思い通りにはさせなかった。
「おやおや、なんかピリピリした空気が流れてますね。隊長殿がお怒りですか?」
からかうような口調のベリー医師がやってきた。
「ベリー先生…!」
思わず非難を込めて言ってしまう。
「分かりましたよ、すぐに診ますから。」
言いながらベリー医師は、偽メルに吐き出させた丸薬に目をやった。
「なんだ、これは?」
「この女が口の中に隠し持っていた物です。毒を使うようです。先生、おそらく壁に突き刺さっている毒針の毒が、この吹き矢に入っていると思います。他にも毒性の弱い物もあるかもしれません。この女が言うには、仕事は綺麗にしたいそうで、余計な殺しはしないそうですから。」
「なるほど。とりあえず、あなたの部下達を診ます。」
ベリー医師が診察に向かったので、一安心した。
シークは一段落付いた所で、若様を振り返った。物置部屋に一歩入った所に心配そうにたたずんでいる。シークがずっと物置部屋の前を占領していたので誰も入れるはずはないが、一応確認した。
「若様、大丈夫ですか?」
「……うん。みんなは? それに、あの黒い人達…どこへ行ったの?」
若様は、残りの侵入していた二人が気になっているようだ。
「倒れた隊員達は、ベリー先生が診て下さるので、おそらく大丈夫でしょう。他の者達も来ると思います。
私もその二人のことは気になっています。この女が命令をした時は、いたようでしたが、私が扉を開けた時にはいませんでしたから。」
「あの、私が来た時にあの二人の男は逃げていきました。図書室に向かって行ったんです。」
ロルが説明した。
「たぶん、あの二人、私達が捕らえたと思います。図書室の窓から出てきた者達がいたので。そいつらに手間取りました。オスターを一人にしてしまい、申し訳ありませんでした。」
モナが謝罪した。
「…分かった。おそらく、お前達を少しでも足止めしようとしたのだろう。それで、黒づくめの者達は全員捕らえたのか? この女は応援を呼んだと言っていたが。」
「どれだけの仲間を呼んでいたのかによりますが、今、周辺にいた者達は捕らえました。副隊長が連れてきます。」
ロモルが説明する。
「若様、ご無事ですか?」
フォーリがやってきた。
「フォーリ…! 良かった、どこへ行ってたの? 遅いから心配した。」
若様はシークの後ろから出て、フォーリの元に駆け寄った。
「申し訳ありません。ヴァドサなら腕が立つので大丈夫だと思い、少しみんなの手助けをするために出かけていました。」
「出かけたって?」
「村の方へ行こうとする者達を二人、サミアスと一緒に捕らえました。暗いので夜目がきく私達が行くのが一番、速いですから。」
「上手くいったってこと?」
「はい。ヴァドサの部下の作戦が上手くいったと思います。捕らえた者達はサミアスが連れて行きました。」
「つまり、じきにレルスリ殿とノンプディ殿が来られるということだな?」
「そういうことだ。」
シークの確認にフォーリは頷いた。
「隊長、少し予想外のことがありましたが、怪しい者達を捕らえました。」
ベイル達もやってきた。
「予想外とはなんだ?」
「思っていたより、人数が多かったことです。領主兵に紛れている者がいることは分かっていましたが、二、三人かと思っていたら、六、七人はいたので。」
「…そうか。」
「確かに意外に多いですね。」
ベリー医師だった。
「大丈夫、あなたの部下達は眠っているだけです。その女の言うことは合っているようです。」
ベリー医師の言葉を聞いて、シークは安心した。
「よかった…。」
若様がフォーリにつかまって呟いている。
「若様、ご心配をおかけしました。先にお部屋に戻られてはどうですか?」
疲れた様子の若様に言うと、ベリー医師が反対した。
「ここは、団体行動が安全です。まだ、分からないので。」
ベリー医師は相当、以前のことがきつかったのだろう。かなり慎重になっている。若様を寝かせることよりも、安全を優先させている。
「どうぞ、みなさん、広間へおいで下さい。」
ノンプディ家の執事が呼びに来た。シークは眠らされた四人も一緒に広間へ運ばせた。
偽者のメルは喋るだろうか。誰の命令でそして、どういう組織で動いているのかを。それが分からなければ、この闘いは長くなるだろうな、とシークは考えていた。




