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教訓、十九。暗殺者は身近に潜む。 1

2025/05/30 改

 夕食後。シークは若様と一緒に図書室にいた。その間にフォーリが若様の寝室などをさっと掃除したり、整えたりしているはずである。本当なら掃除などは侍女達がする仕事だが、若様の場合は何が起こるか分からないので、フォーリ自身がするしかない。


「…ねえ。ヴァドサ隊長、国史の勉強ってつまらない。どうしても、先生の話を聞いていたら眠くなっちゃう。リタ族の先祖のお話は面白かったのに、どうして、国史の勉強は面白くないのかなぁ?」


 若様が机の上に本を広げながら、椅子に座った足をぶらぶらさせて困ったように言った。思わず笑いそうになり、なんとか笑いを(こら)える。


「…若様。私は先生の授業を毎回、聞いたわけではありません。手習いの先生も私には、なぜか途中から通ってこなくていいと仰ったのです。子守をしていなさいと。ただ、算術の授業に出ることだけは許されました。後は毎日、弟妹達の迎えには必ず行って、先生の問いに答えなくてはなりませんでした。」


 若様は驚いたようにシークを見上げた。おそらく、手習いにずっと通っていなかったことに驚いたのだろう。


「先生の問いに?」

「はい。国史は先生に本を与えられて、自分で読んで感じたことや考えたことを述べるように言われました。」


 若様は目を丸くした。


「若様はどう思いましたか?」

「…どうって。記録だなって思った。ずっといついつに、誰が何をどうしたかって書いてある。延々と。」

「それもまた、国史の特徴の一つです。記録するということが、役目であるからです。」

「他にも役目があるの?」


 シークは頷いた。


「役目というか、楽しむコツでしょうか。」

「楽しむって? 国史を楽しむって、どうやるの?」


 若様の目が不思議そうに見上げてくる。


「国史というのは物語なんです。ここに書いてあることだけが、先祖の起こした行動ではありません。眠る時間もあるし、お腹が痛くなって(かわや)()もっていた時もあるかもしれませんし、お腹が空いてご飯を食べた時間もあるでしょう。馬に乗って草原を駆け抜け、風を感じて走っていた時間もあるでしょう。でも、そういうことは国史には書いてありません。」


 若様はふふ、と笑った。


「確かにそうだね。そんなことは書いてない。でも、きっとそういう時間もあったはずだね。だって、人だもん。」


「そこです、若様。先祖も人だということです。人ですから、人として生きていた時間があるんです。そのことを想像しながら読むと、国史はとても面白くなります。


 だから、国史は物語なんです。何を考えながらそうしたのだろう、この決断をした時、どういうことを思ったのだろう、そう考えながら読むと国史は面白いです。」


 若様の目が輝いた。


「…そっか、今までそんな考え方をしたことがなかった…! そうやって読んだら、面白そうだね…! 考えてみれば、リタ族の先祖の話も物語になってる。そういうことだったんだ…!」


 さっそくやってみる、と若様は気を取り直して国史の本を開いた。

 その時、殺気を感じた。


「!」


 シークはとっさに机の上に積んでいた本を取り上げると、それで飛んできた物を払った。


「まさか、国史の本を盾にするとは。たった今、国史の本は面白いと若様にお教えしたばかりなのに。」


 女の声が本棚の陰からした。


「部下達がいたはずだが?」

「あなたが払った物で眠って頂きました。」


 本には尖った針のような物が突き刺さっている。


「吹き矢か?」

「ええ。特殊でとても小さく、矢というより針です。狙った所に当てるのが難しいのです。誰にでもできる技ではなく、それでわたしが選ばれたんです。」

「毒ではないのか?」


「もちろん、毒です。すぐに手当をすれば、“毒使い”と言われるカートン家のお医者様がいらっしゃるのですから、助かります。目標の殺す人以外は、最小限の殺しに止めたいですから。仕事は綺麗にする。それがわたしの仕事の姿勢です。」


 声からして、メルのようだが姿を見ないことには、はっきり分からない。


「つまり、お前の“仕事”は暗殺か?」

「はい。そして、あなたが払った毒針は、猛毒を塗ってあります。お二人は殺す対象ですから。」


 後ろからも軽い物音と気配がして、シークは振り返った。窓からも何者かが侵入してきた。全身黒づくめなので、何者か分からない。こんな姿だと侵入者だと言っているようなものだが、侵入者を手引きした者がいるのか、侵入していてここに来る前に着替えたのか、どちらかなのだろう。

 黒づくめの侵入者は二人。本棚の陰にいる吹き矢の女はおそらく一人。シークは緊急事態を知らせる笛を口にくわえた。


「笛を鳴らせば、敵を呼び寄せますよ。警告致します。静かにしていれば、敵は三人のままです。」


 わざわざ言うということは、本当は呼んで欲しくないということではないのか。


「はったりではありません。あなたの部下から、あなたのことを聞き出しました。有能な方のようだと分かったので、応援を十分に呼び寄せてあります。あなたが昼間、わたしのことを疑っている様子でしたので、すぐに行動を起こすことにしたのです。


 もう、お分かりでしたでしょう? 声でわたしがメル・ビンクだと分かっていたはずです。そして、あなたは私が入れ替わっているのでは、と疑ったのではないですか?」


 メルは自信があるのか、本棚の間から姿を現した。


「その通りだ。ここの侍女長に確認した。すると筆跡の違いを気にしていた。私もその違いを確認した。」


 メルはふふふ、と笑った。シークは様子を見ながら椅子に座っている若様を立たせて、自分の後ろにかばった。若様は緊張で顔が引きつっている。当たり前だ。自分を暗殺に来た者達が目の前にいるのだから。


「なるほど、手回しがいいですね。さすが隊長さんです。メル・ビンクはいい子でした。田舎の女の子で、何でも(しゃべ)ってくれました。名前も平凡でいい名前でした。

 彼女は運悪く橋から足を滑らせて川に転落したので、わたしが名前を貰いました。本当のメル・ビンクを真似していたら、あなたの部下はわたしに何でも話してくれて…。簡単でしたよ。」


「つまり、本物のメル・ビンクを橋の上から突き落として殺し、成り代わったということか?」

「…まあ、“運悪く橋から転落”したんですよ。」


 成り代わっているので本名が分からないが、とりあえず偽者メルは笑った。


「本当はもっと、あなたとあなたの部下達の仲を険悪にしてから、若様とあなたを暗殺して去るという計画でしたが、意外にあなた達が素早いようなので、計画を変更せざるを得ません。目標である“若様”…。セルゲス公を暗殺しなくては。それができなくても、せめて親衛隊の隊長は殺さないと信用を失うので。」


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